航空宇宙・防衛

【SpaceX】特集 <第1回> 冬コミスペシャル:Starship/Superheavyとは

画期的な機構の数々1.

さて、いよいよ本題です!Starship、Superheavyを実現するのに必要な革新的な機構を見ていきましょう。一見どこから湧いて出てきたのかわからないような奇抜な機構だらけの機体ですが、一つ一つを見ていくと、実は意外と保守的で堅実な設計をしていることが見えてきます。SpaceXは研究所で燻っていたような技術を製品に応用することに長けており、社員一人ひとりが常日頃から最先端研究の勉强や入念な文献調査を怠っていないことが垣間見れます。

“従来”のロケット

革新を定義する前に従来を定義してみましょう。みなさんは一般的に思い浮かべる”従来の”ロケットと言えばどのような形態でしょうか?

  • 燃料はケロシンか液体水素
  • 着陸はできず、使い捨て
  • 固体ブースターがついている

やはり日本ではメジャーどころのAtlas VH2A、少し昔だとDelta IIなどが典型的なロケットのイメージなのではないかと思います。マニアックな方だと常温酸化剤やRed Arrowのような奇抜な機体も出てくるかもしれませんが、少なくとも日米ではマイナーであることには異論はないでしょう。

米国では冷戦初期から脈々と受け継がれてきた”血統”が存在し、現在でも派生系のAtlas (アトラス)、Delta(デルタ)は現役です。Falcon 9 が生まれるまでは中大型の打上機体と言えばほとんどが大陸間弾道ミサイルから発展して開発されてきたものであったため、何より性能優先という側面がありました。

  1. タイタン大陸間弾道ミサイルから派生した常温系推進剤を使用するタイタンシリーズ (退役済)
  2. アトラス大陸間弾道ミサイルから派生した液体水素系のアトラスシリーズ
  3. ソー・ヴァンガードから発展して生まれた液体水素系のデルタシリーズ

日本ではN-1、N-II、H-1とデルタロケット、そして一部アトラスロケットの技術導入を行い、H-IIで初めて純国産の開発に成功をしています。しかし元はと言えば米国の技術のため、他国:欧州や中国、ロシア、インドと比べるとほとんど米国製と言っても良いぐらい似ている特徴があります。

しかし他国に目を向けると多種多様なロケットが存在し、それぞれ独自機構を用いている場合も少なくありません。

SpaceX独自の奇抜な機構もあれば、他機種から着想を得た機構もあり、幅広いアイデアを取り入れる方針や柔軟な開発体制はさすがの一言です。

エンジン

第一章ではStarshipは実は平凡な性能であることを述べました。機体の性能の大部分を決定するのはエンジンですが、Raptorエンジンはある意味では平凡、ある意味では超高性能とも言えます。

どういう意味なのか見ていきましょう

ロケットエンジンの性能とはずばり、燃費と推力重量比 (=推重比)、パワーウェイトレシオです。車のエンジンと同じで燃費が良いほど、そして小型で高出力であるほど高性能と言えます。

燃費/Isp

ロケットエンジンの燃費Specific Impulse (Isp) という単位で表され、高いほど優秀です。Ispに重力加速度 (9.81m/s)を掛けると有効排気速度に換算することができ、同じ量の推進剤でどれほどの推力が得られるか=燃費の目安になります(実際の排気速度とは異なる点に注意です)。

基本的にこの燃費はエンジンの方式が同じであれば推進剤の分子量が小さく、ノズルの膨張比が大きいほど燃費に優れます。しかし大きすぎるノズルは機体に収まらない上、大気圏内では外側の圧力以上に膨張させることができないため、ある程度の大きさに制限されてしまいます。

StarshipのRaptor Vacuumが外側3基のノズルが大きいエンジン。内側のRaptor Sea Levelは大気圧下で運転されるため膨張比が制限されます。更に姿勢制御のために前後左右に動く (ジンバリングといいます)ため隙間があります。外側のVacuum3基は内側エンジンの動きを邪魔しない範囲で機体の外径ギリギリまでノズルを大型化していることが分かります。

代表的なエンジンのIspを観てみましょう。

エンジンの種類 + (用途)推進剤種類Isp vac
SRB-A(イプシロン)固体284s
NK-33 (ソユーズ)RP-1/RP-2 (灯油)331s
Raptor SLメタン330s
Raptor Vacuumメタン380s
LE-9 (H3)水素425s
LE-7A (H2A)水素440s
RL-10B (ULA Centaur)水素465s
PW F119ガスタービン (F22戦闘機) JP-8/JET-A (灯油)5900s (kW-推力換算値)
RRTrent 1000C (ボーイング787) JET-A (灯油)13200s以上

炭素を含むメタンはそこそこ分子量が大きく、灯油には勝るものの、水素と比べるとIspでは不利な推進剤です。Raptorの燃費性能自体はメタンエンジンとしては最優秀な部類ですが、水素を使用する基幹ロケットには及びません。

ガスタービンでは動力を得る際に空気中の酸素を使用することができるため、推進剤に液体酸素が必要ありません。その分燃費が1桁2桁と優れます。とにかくロケットエンジンは大量の推進剤が必要で、最良の燃費のものでも一般的な内燃機関の1/10以下の燃費です。

これだけみると、あれ、、、イマイチなんじゃ、、、って感じたかもしれません。Raptorが本当に優れるのはどうやら燃費ではないようです。

推重比

推力重量比はエンジンの単位重量あたりの推力で、Raptorでは100以上あり、最終的には200という数値を目指していると言われています。これは今まで作られたロケットエンジンの中でも最も優れるもののうちの一つで、目標値を達成できれば、Falcon 9に使用されるMerlin 1D以上になります。

ガスタービンと比較すると、Ispでは劣るものの推重比では一桁優れるのがロケットエンジンの特徴で、小型でハイパワーが求められることがよく分かります。更にロケットエンジンの中では、重力損失の大きい1段目用のエンジンほうが大推力、大推重比が要求されます。これに対し2段目用のエンジンは燃費のほうが重視されがちです。

エンジンの種類真空推力推重比
NK-33168t137
RL-10B11t36
PW F11911t8
LE7A110t61
Merlin 1D (Falcon 9)100t180
Raptor200t100~200

Raptorの真価はそこそこの燃費と、圧倒的な推重比にあるのです。そしてもちろん圧倒的に低コストでもあります。機体重量の1/4~1/3を占めるエンジン、これが数%軽くなるだけで劇的な性能への効果があるため、SpaceXはここで勝負に出たということになります。

MHI資料館やJAXA資料館に行くとH2Aロケットに使用されているLE-7/Aエンジンを観ることができます。LE-7に比べるとRaptorは一回りほど小型ですが、実は推力は200tもあり、よりコンパクトながら高出力なのです。

RSLとRvac

1段目用のRaptor Sea Level (SL)と2段目用のRaptor Vacuumは基本的には同じエンジンですが、Vacuumは真空用に大型のノズルが取り付けられています。ノズルの角度は出口径によって変化するため、燃焼室出口の形状もわずかに異なりますが、その他の大部分は部品を共用しています。この仕様はFalcon 9にも用いられ、エンジン開発費の削減や製造コスト削減を実現しています。

Vacuum用ノズルはなんと膨張比が150もあり、大きく燃費改善に貢献をしています。Starshipのように複数のエンジンを密集させて配置する場合、ノズルの放射冷却(自然冷却)ができないため、細かい内部流路が設けられ、燃料を流すことで冷却を行っています。

冷却溝の一例

延長されたノズルにより、増加する冷却圧損に対応するため圧力バランス、酸燃料比に若干の変化が設けられていることが推察され、部品は同じでも開発はそれなりの困難が伴います。

Raptor SLエンジンには更にスロットリング (Throttling)機能が設けられ、定格の25%まで推力を絞ることができるとされています。一般的にはロケットエンジンは定格出力でしか運転することはできません。90%以下の出力絞りは初期設計段階から考慮していなければ難しく、50~70%程度までスロットリングできるエンジンはDeep Throttling (ディープスロットリング)などとも言われかなり優秀とされています。しかし、Raptorは驚異的な25%を達成しており、運用性に大きく幅を持たすことができます。

スロットリングは着陸には欠かせない機能です。Starshipは着陸時に3基のエンジンを使用しますが、万が一どれかが故障しても2基だけで着陸できるように設計されています。つまり通常時では推力を2/3に絞る必要があり、必然的にディープスロットリングが必要となってしまいます。

推進剤種類

エンジンの項目で見た通り、仮に酸化剤を液体酸素に絞った場合、燃費は水素>メタン>RP-1の順に優れます。しかし推進剤の優劣はIspだけでは決まらず、容積効率や運用性も考える必要があります。推進剤選定に当たって考慮すべき点は:

  • 極低温か常温か: どちらも一長一短ですが、液体酸素を使用していれば自ずと極低温になります。

  • 推進剤の密度:タンクの大きさ=重量に効きます。またポンプ仕事にも大きく影響します。高いほど有利。

  • 酸化剤と燃料の温度差:タンクの断熱設計や充填手順に効きます。温度差が少ないほど有利。

  • 燃料の入手性、価格:値段の他、国によっては入手できない燃料もあります。(日本だとRP-1は入手困難、RP-2は入手不可)

  • 酸燃比 (O/F):同じ質量の燃料を燃やすためにどれぐらいの酸素が必要か。密度とも関連しますが、ほとんどの燃料は酸素より密度が低い場合が多いため、より酸燃比が高いほうがタンクを小型化することができ有利です。

よく使われるメタン/LNG、水素、灯油のそれぞれの特性を比較してみましょう。

今回は大型ロケットでは主流の極低温 (Cryogenic)燃料に絞ってみてみるけれど、UDMHなど常温で使える燃料も広く使われているので興味のある人はググってみると色々出てきて面白いわよ。

液体酸素液体水素液化メタン/LNGRP-1(灯油)
沸点(温度)@1atm-183℃-252.6℃-161.5℃230℃以上
融点@1atm-218.8℃-259.2℃-182.5℃-65℃
密度 kg/m3112570.85425810~1000
燃焼ガス分子量17~18 (OH/H2O)28(CO2+2H2O)32~36
Isp400~452s320~380s290~320s
量論O/F842.5
価格/kg$0.2~1/kg$10/kg$4~6/kg$20~50/kg
m3/kg O21.76 x 10^-30.588 x 10^-30.4~0.49 x 10^-3

m3/kg O2とは、1kgのO2を消費するために何m3必要かという指標で、容積辺りのエネルギー量とほぼ同じ意味を持ち、O/Fと密度で決まります。この値が小さいほどタンクを小型化できるため、性能のひとつの指標となります。

このように並べてみると、メタン/LNGはRP-1に匹敵するエネルギー密度でありながら、より優れるIspを発揮できる優秀な燃料です。値段も性能もそこそこでバランスの取れた燃料と言う見方もできます。特に有利な点としては沸点が液体酸素と近く貯蔵が非常に容易なことが分かります。また、密度もそこそこ高く、ある程度タンクが小型化することもできます。中途半端な特性から従来は避けられてきましたが、入手性の良さや取り扱いやすさが再評価され、最近人気が高まっています。

最高のエネルギー密度を誇り、値段も一見安そうな灯油ですが、RP-1はコーキング耐性や燃焼安定性を高めた特殊な仕様のためメーカーが限られ、非常に高額です。燃料の密度が高いためロケットを小型化できるメリットはあるものの燃費は今ひとつな点と、常温燃料のため燃焼効率を確保するのが難しく、高度なノウハウが必要です。日本や多くの国では生産されていないため、米国やロシアなどの生産国から輸入する必要があります。NASAや国防総省に納入する大手で有名なのはHaltermann Solutions社で、全米の大部分のRP-1の供給をしています。

液体水素に関しては、性能は良いものの密度が低くタンクが巨大化してしまいます。また、液体酸素を断熱せずに液体水素と壁一枚だけ隔てた状態で保管をすると、凍ってしまうことが分かります。沸点がここまで低くなると、タンクが外気に触れているだけで燃料が蒸発してしまうため、水素を使うロケットでは厚い断熱材でタンクを覆うことが一般的です。下の写真はH2Aのタンクの表面に吹き付けられているPIF断熱材で、厚さは25mmもあります。アルミ合金タンクの厚みは2mmしかないため、ほとんど断熱材になってしまいます。

PIF断熱材

メタン最大の利点は性能面ではなく、取り扱いやすさやコストになります。液体窒素や液体酸素、液化メタンは様々な産業で幅広く使われており、燃料としての実績も豊富です。LNG船からLNGトラックまで世の中の多くの乗り物がLNGで動いているのに対し、液体水素はあまり需要がなく、特殊な化学プラントや試験装置でしか使われることがありません。そのため適した材料や運用ノウハウに乏しいのが欠点になります。

欧州で人気のLNGトラック。CNGより航続距離に優れ日本でも導入が始まっています。
サムスン重工の最新鋭LNGコンテナ船

特に船舶に関しては、旧来よりLNG輸送船でタンク内の揮発メタンを燃焼させてエンジンを動かす方式が人気でしたが、近年ではLNG運搬船に限らず、コンテナ船や客船など大型船を中心に幅広く普及しています。ロケット用燃料の中では一般的な産業の世界において最も身近な燃料であるというのが特徴です。

更に付け加えると、一般的にはロケット以外では火力発電でしかあまり縁がない超臨界流体についても、LNGではエネルギー業界で非常に知見が豊富です。多くのパイプラインが超臨界状態で輸送されていたり、燃焼器のインジェクタは超臨界状態で使用されるなど、幅広い産業での知見が豊富で、一般化している技術です。このような点が開発の簡素化、コストダウンにも繋がっています。

実は世界最大のLNG輸入大国である日本はこのようなメタンの特徴に昔から目をつけており、2000年代初頭まではメタンロケットエンジンでは世界最先端の研究を行っていました。しかし2009年、日本のメタンエンジン研究を悲劇が襲ったのです。

GXロケットの事業仕分け、、、ね、、、
かつては世界に誇れるメタンエンジンが、今となっては、IHIが独自に小型エンジンで細々と研究を続けるだけとなってしまったわ。。。

このような理由からSpaceXをはじめBlue OriginやRocket Labなど新興ロケットメーカーは次々とメタンを採用しつつあります。ざっとまとめるとこんなイメージです。

主な極低温推進剤の特徴まとめ

  • 高コストでも構わないから究極の性能を求めるなら:水素
  • 特殊な燃料が入手可能で、長年の液体燃料燃焼のノウハウがあるなら:RP-1
  • 低コストでそこそこの性能がほしい、RP-1のノウハウに乏しいなら:メタン/LNG

メタンとLNGの違い

ここまで同列に扱ってきた液化メタンとLNGはよく混同されがちですが、厳密には違う物質で性質も少し異なります。ちなみにBlue Origin社のBE-4はメタンよりも更に低コストなLNGを用いています。主な特性の違いは:

  • エタン、プロパン比率:LNGは純物質ではなく、10~40%のエタン、プロパンが含まれます。これらはメタンより沸点が高く、密度も高いため、燃料の組成にばらつきが出てしまうという欠点があります。LNGを使う場合はロケットシステムの設計に高いロバスト性が求められます。

  • Isp:差は2~5s以下ですが分子量が小さい分わずかにメタンが優れます。

  • 密度:エタン、プロパン比率が高いほど密度が高くなります。産地によってもばらつきがあり、常に同じ燃料が手に入る保証がありません。

  • 濃度変化:LNGは長期間貯蔵をすると徐々に蒸発が進み、沸点の低いメタンから揮発していってしまいます。そのため購入をした時とロケットに充填する時では組成が変わってしまい、扱いが難しくなります。

  • サルファアタック:ロケットエンジンの燃焼室の多くは銅合金でできており、LNGに含まれる硫黄分によって硫化、脆化が進んでしまいます。これはサルファアタックと言われ、対策が必要になります。燃料用の粗悪原料では問題となりますが、十分に脱硫された医薬用や化学工業用のグレードであれば通常は問題になりません。

  • コーキング:プロパン成分にノルマル基が多い場合やアロマティクス系の不純物が燃料に含まれる場合はコーキングの問題が発生します。燃料は燃焼する前に燃焼室を冷却するために冷却溝に流されますが、ここで昇温される時に炭素が流路の表面に蓄積する現象がコーキングです。不純物の除去、動作温度の変更、流路のコーティング等の手法がありますが、RP-1用の研究が主でLNGではあまり研究が進んでおりません。

  • 再利用性:コーキングを完全に防止することはできませんが、これを抑えない限り再利用は不可能です。コーキング層はスチーム洗浄や薬剤で洗浄することも不可能ではありませんが、コストがかかり、ダメージも蓄積します。コーキング層を放置すると冷却性能が低下しエンジン破損に至ってしまうため、再利用のためには防止が必須です。他の制約を無視した場合LNGよりもコーキングが発生しにくいメタンのほうがより再利用可能回数は増えます。

  • 燃焼シミュレーションの難易度:燃焼室内の三次元シミュレーションはどの燃料であっても難しいですが、純物質であるメタンと比べると組成が常に変化し、様々な物質が含まれるLNGでは更に一段と計算が難しくなります。計算難易度を下げるという点ではなるべく混合物、不純物は避けたほうが好ましいです。

  • 入手性:ここまでみると、メタンが優れるように思えますが、一点だけ大きな欠点があります。LNGは掘れば出てくる天然ガスを液化したものですが、メタンは純物質のため、製造する必要があります。多くの場合、LNGの揮発燃料を再液化し、これを複数回繰り返し純度を高めていく蒸留方式、もしくはエタンなどの原料から化学反応により作り出す方法で、いずれもコストがかかります。近年では温暖化防止の需要などから大気中のCO2からメタンを合成するプロセスの研究がエネルギー関連各社で進められています。

様々な利点、欠点はありますが、徹底的に低コストに拘るSpaceXがメタンにこだわる理由は性能でも価格でもありません。

SpaceXは火星での燃料製造を念頭にメタンを採用しています。地球上では掘れば出てくる天然ガスが、火星では大気中の水と二酸化炭素から合成する他なく、LNGは作りたくても作れません。火星で使うことを前提としたロケットの場合、現地調達ができるメタンを採用せざるを得ないのです。

SpaceXは決して最先端だから、性能や価格が優れるから、というだけではなく、ちゃんと火星で調達することまで考えてわざわざ実績の少ない推進剤を選んでいるのよ。
壮大な火星移住計画の枝葉の一つであるロケット本体だけを見ると、一見当てずっぽでコロコロと方針が変わるようだけれど、根幹の事業計画、火星に到達するという大目標は20年前の設立当初から変わっていないわ。


Deep Cryo

Deep Cryo とは極低温推進剤を沸点よりも更に低い温度まで冷却して使用する方法で、Falcon 9 から導入され、SpaceXが好んで使用しています。Deep Cryo Fuelには利点はいくつかあります:

  • 密度が高くなる。同じサイズ(重量)のタンクにより多くの推進剤を搭載できます。
  • 蒸気圧を低くすることができる。キャビテーション数が増やせ、ポンプの運転が楽になる、タンク内圧の制御がしやすくなる、など多くメリットがあります。第二回、三回で説明をしたいと思います。
  • 温度を酸化剤と揃えることができ、断熱材を省略できる。沸点が異なる液体酸素と液化メタンですが、同じ温度に揃えることでタンクの断熱が必要なくなり、蒸発が抑えられます。

例えばStarshipのメタン推進剤タンクの常用圧6.0気圧における液化メタンの密度は融点ギリギリの-182°Cまで冷却することで、8%ほど高めることができます。液体酸素、液化メタンの沸点は1.0barにそれぞれ、-183°C、-162°Cのため、液体窒素を使用しての冷却も可能で、大掛かりな設備も必要ありません。

設備投資以外の大きなデメリットは少ないため、Falcon 9で実用性が立証されたことで今後採用が普及すると考えられます。

NIST よりメタンの密度

燃料を通常よりも冷やして密度を高めて詰め込む、という考え方は昔からあり、古くはナチスの冷却燃料などでガソリンを冷やして給油する裏技が使用されていました。仮に8%密度が高まり、8%タンク容積が小さくできた場合、軽量化の効果は非常に大きく、使わない手はない、とも言えるでしょう。
そしてターボポンプにとってはメリットは更に大きなものになります。

フルフロー二段燃焼サイクル

同じ推進剤を使う場合でも、ロケットエンジンにはいくつかの方式(エンジンサイクル)があり、主に2通りの方式に分けることができます。

なお、ロケットエンジンの燃焼室で高圧燃焼を行うためには、推進剤タンクから吸い込んだ燃料を昇圧するポンプが必要です。ここで使用されるのが燃焼ガスでタービンを駆動してポンプを回すターボポンプです。エンジンサイクルによる燃費の違いの大部分はこのターボポンプを駆動するために使う燃料の扱い方で、大型のエンジンではポンプ動力だけでも数万馬力にもなります。

ターボ機械の概要やターボポンプがどのような装置かについては下記の記事を参考にご覧ください!

オープンサイクル

ロケットに燃料を送り込むターボポンプを駆動するために推進剤でタービンを回し、タービンから出た後は廃棄される方式。基本的には一部の推進剤を捨てているので燃費には劣りますが、簡素化軽量化が可能で上段など低圧燃焼のエンジンに向いています。ポピュラーなものとして下記の方式があります。

  • ガスジェネレータサイクル:専用の小型の燃焼器 (ガスジェネレータ)を用いてタービンを駆動します。開発が容易で低コストのため多くのロケットで使用されています。Falcon 9もこのタイプです。

  • オープンエキスパンダーサイクル:燃焼器の代わりに、主燃焼器を冷却した燃料の排熱を使ってタービンを回します。得られる動力が少なく、設計にノウハウが必要なのが欠点ですが、安全性、コスト、重量に優れます。H2Aの二段目などに使用されエキスパンダーブリードサイクルとも呼ばれます。

(wikipediaより拝借)

  • GG Cycle ガスジェネレータサイクル
  • Open Expander オープンエキスパンダーサイクル
クローズドサイクル

タービン駆動流体がタービンから出てきた後、燃焼室に噴射され再利用される方式。推進剤を無駄にしないため、燃費に優れます。大型化、肉厚化しやすく構造も複雑ですが燃焼圧を高めやすいため、一段目によく使用されます。

  • 燃料リッチ二段燃焼サイクル:タービン駆動用の小型燃焼器と主燃焼器両方で燃焼を行います。タービンを出た後に更に主燃焼室に入るため、ポンプ吐出を高圧化する必要があり、技術的難易度が高くなる反面、燃費に優れた高性能エンジンを実現することが可能です。H2Aの1段目などに使用されます。

  • 酸化剤リッチ二段燃焼サイクル:燃料リッチ二段燃焼サイクルと同じですが、混合比が酸化剤のほうが多い方式になります。金属への酸化作用が強く技術的難易度が非常に高いですが、ススが発生しない、消費推進剤を減らせる(ほとんどの燃料より酸素の高密度のため酸素を使ったほうが好ましい)などのメリットがあり、旧ソビエト連邦で積極的に研究、実用化されました。

  • クローズドエキスパンダーサイクル:エキスパンダーサイクルと同じですが、タービン出口から燃焼室に推進剤が向かうためより燃費に優れます。しかしエンジンの冷却熱でタービンを駆動するためパワーに乏しく、小型のエンジン向けです。

  • フルフロー二段燃焼サイクル:燃料リッチ二段燃焼サイクルと酸化剤リッチ二段燃焼サイクルを合体させたもので、燃料ポンプと酸化剤ポンプそれぞれで作動流体が異なります。最良の燃費に加え緻密な推力調整やタービン温度低減などが可能で、再利用型エンジン、着陸用エンジン向きです。長年夢のエンジンとされていましたが、高コストや技術的難易度から敬遠され続けてきました。しかしついにSpaceXが低コストで実用化にこぎつけた技術です。

(wikipediaより拝借)

  • Closed Expander Cycle エキスパンダーサイクル
  • Staged Combustion Cycle 二段燃焼サイクル
  • Full flow Staged Combustion cycle フルフロー二段燃焼サイクル

燃費/Ispの項を見ると、H2Aに使用されるLE-7AはIsp440s、これに対してより新型のLE-9は425sしかありません。30年もの技術革新があるのに性能に劣る理由はサイクルの違いによるもので、LE-7Aは二段燃焼サイクル、LE-9はエキスパンダーブリードサイクルを採用します。

実用型フルフロー二段燃焼サイクルの起源は米空軍とロケットエンジン大手のエアロジェット (Aerojet)社が2000年代に研究していた Integrated Powerhead Demonstrator (統合パワーヘッド実証機 IPD) に遡ります。IPDにはRaptorにも踏襲されている様々な先進的な特徴があり、その優位性が立証されたものの、研究が途中で中断してしまいました。このコンセプトを継承し、実用レベルにまで開発を完成させたのがRaptorです。

Integrated Powerhead Demonstratorの様々な先進的機構
  • 世界初の二段燃焼サイクル:Raptorでも継承
  • (従来のボールベアリングに対して) 流体軸受の採用 :研究止まり
  • HIP接合工法を使った燃焼室壁:LE-Xで研究されLE-9でも候補となるものの中止
  • 酸化剤リッチ環境用材料の開発:Raptorで継承
  • 燃焼室直上に搭載された液体酸素ターボポンプ:Raptorでも継承

ロケットの世界において、Ispが5s変われば全くの別物になります。たった数sぐらい、、、なんてケチなことを言ってエンジン単体のコストダウンにこだわりすぎると、逆に機体が大型化してコストアップ、なんてこともよくある話です。
これは指数関数的にロケットのサイズが決まるからなのですが、第二回で解説をしたいと思います。

Fastracを継承したMerlinといい、IPDを継承したRaptorといい、SpaceXは先進的な研究エンジンをベースに機体用の本格的な製品を開発してしまうのだから、やっぱり目の付け所が違うわね。

高圧燃焼

Raptorの目玉特徴として、ロケットエンジン史上最高の燃焼室圧力が挙げられます。Raptorの定格燃焼室圧は30MPa、これまで最大だったロシアのRD-18026MPaを上回り、世界記録を更新しました。

そもそもエンジンの燃焼室圧をあげるメリットってなんでしょうか?ぱっと思い浮かぶものはやっぱり推重比と思いますが….

燃焼室圧を上げることには様々なメリットがあるわ。真空のみで使用する2段目用エンジンではそこまで重要ではないけれど、1段目エンジンでは、技術とコストが許す限り高圧化をすべき、という宗教もあるぐらいなの。(ソビエト式)

1段目用エンジンの高圧化のメリット

  • 推重比が良くなる:密度が高いほど小型化できます。

  • 特性燃焼室長さL*が小さくなる:“特性燃焼室長さ”、とはロケットエンジンの燃焼室体積を表す指標で、十分な燃焼効率を得るのに必要な体積が小さいほど小型化が可能です。圧力が高いほうが化学反応は速く進み、そのため密度の差以上に燃焼室を小型化することが可能です。

  • 供給系安定性が向上する:世の中のガス、液は臨界圧力付近では様々な物性 (密度、熱伝導率、比熱、粘度等)が急激に変化する特性があります。超臨界圧力以上では圧力が高いほど物性が安定するため、システムの安定、燃焼の安定性に有利です。

  • インジェクタ流量特性が安定し、燃焼効率c*が改善する:上記の理由から、インジェクタに流れる推進剤の特性はなるべく安定しているほうが好ましいことが推測できるかと思います。シミュレーションで燃焼効率改善を試みる際により精度が高めることができ、高性能なインジェクタを設計可能です。なお、Raptorでは燃焼効率c*=99%以上を実現しています。

  • ノズル膨張比を大きくできる:圧力が高いほどより高い膨張比を使用でき、Ispが良くなります。

メタンの比熱の例:臨界圧付近では物性値変化が激しい
高圧化のデメリット

  • 冷却が厳しくなる:先述の通り、燃焼室は燃料を使って冷却しています。壁面への熱伝達率を決めるヌセルト数は圧力の0.8乗に比例し、高圧化するほどより高い冷却能力が必要になります。例として、平均有効燃焼室圧が2.0~3.0MPaしかない乗用車のエンジンではアルミ合金製の燃焼室に、比較的シンプルな水冷の冷却流路でも十分な冷却能力が得られます。しかしRD-180等に代表される超高圧エンジンでは、耐熱性と熱伝導を両立できる銅合金が使用され、壁面の肉厚は1mm程度しかありません。

  • ターボポンプ動力が巨大化する:燃料は冷却溝や配管、バルブなどの圧損があるため、二段燃焼サイクルは燃焼室圧の2倍以上の吐出圧が必要となる場合が少なくありません。Raptorの場合、吐出圧は60MPa以上となり、酸化剤ポンプ、燃料ポンプと合わせるとパワーが10万馬力以上も必要となってしまいます。圧力が上がれば上がるほど、開発の難易度は飛躍的に高くなります。

  • オープンサイクルでは逆に性能が悪くなる:オープンサイクルではポンプ動力に必要なタービン駆動の推進剤はすべて廃棄されてしまうため、むやみに高圧化を追求すると逆に燃費が悪化してしまいます。Falcon 9 に使用されるMerlin 1Dエンジンの燃焼室圧は9.7MPaで、オープンサイクルではおおよそこのあたりが効率の上限になります。

  • タンクも高圧化が必要になる:必ずしも当てはまりませんが、高出力ポンプにはより高い吸い込み圧力が必要とされるため、推進剤タンクの圧力も高くなり、肉厚化しがちです。

  • 重量が増える:圧力が高い=すべての部品が肉厚になります。高圧化のみを追求しすぎるとレイアウトによってはせっかく小型化してもそれ以上の重量増になってしまいます。

要約すると機体を作る人からしたら、なるべく圧力を上げたい。エンジンを作る人からしたら、なるべく圧力を下げたい。。。というのが本音でしょう。

IPDで液体酸素ターボポンプを燃焼室の直上に配置した理由は、少しでも高圧配管を長さを短縮する目的でした。同じレイアウトを踏襲するRaptorでは配管自体を廃止したことに加え、インジェクタとタービンケーシンをかなりコンパクト化することに成功しています。このような地道な最適化によって優れた推重比を実現しています。
次のページは機体構造についてです!

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