航空宇宙・防衛

【ロケットシステム】Sprint:100gで加速する古の地対空核ミサイルと弾道ミサイル防衛

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2018年。世界を震撼させた極超音速巡航ミサイルAvangard (アバンギャルド)。マッハ20以上の速度で何千キロも離れた目標を撃破可能な恐るべきロシアの兵器です。軌道が予測できる弾道ミサイルとは異なり、グライダーのように方向転換ができる機動弾頭を搭載し、迎撃はほぼ不可能と言われました。

イージスのような従来型のミサイル防衛システムがほとんど無力化されてしまう。一体どうすれば止められるんだ!?もし核兵器が搭載されていると考えたら。。。

多くの防衛関係者を震わせた(一説には震えたのは防衛関係者ではなくミリオタだけとも言われますが汗)新型ミサイル、しかしなんと40年以上も昔にこのような脅威に対する終末防衛兵器が存在しました。

簡単ですわ!極超音速には極超音速、核には核を!圧倒的な破壊力を持ってすればどんな攻撃も跳ねかすことが可能なはずですわ。

そうですね、、、概ねマリーさんの言う通り。目には目を、破壊力には破壊力を。本日は冷戦中の狂気で生まれたそんな地対空核ミサイルSprint Anti-Ballistic Missile (ABM)ミサイル防衛システムについて解説します。

冷戦中は予算や工数を無尽蔵に使った、現代では考えられない開発計画が数多く実行されました。Sprintもこのうちの一つです。

ミサイル防衛は本が数十冊書ける長い歴史がある分野ですが、今回は導入編、として特に興味深いSprint単体をピックアップして解説して行きたいと思います。

この記事はこういう人向け

  • 究極のミサイル”Sprint”がどのようなものだったか知りたい
  • ロケットやミサイルの性能について知りたい
  • 今回の記事のマニアック度:3 out of 5 stars

Sprint誕生の背景

当時の社会情勢

大陸間弾道ミサイル(ICBM)が登場した1950年代は、まだICBMが非常に高価なものであり、ソビエト連邦とは言えど数十基の配備が精一杯と見られていました。これに対して米国はNike Zeus (ナイキ・ゼウス)という広域ミサイル防衛システムを配備していました。

しかし60年代に入ると飛躍的に技術が進歩し、何百というミサイルが製造されるようになり、複数個別誘導再突入体 (MIRV) の配備も始まりました。従来の防衛システムでは到底対処しきれない数になったことや、広域レーダーを無力化する戦術が次々と誕生し、早くもNike Zeusは陳腐化してしまいました。

Sprint1975年、従来のNike Zeus を置き換えるNike-Xミサイル防衛プログラムの一環としてNike-EX (のちのSpartan)と共に開発されました。構想当時としては非常に先進的な特徴を備えており、規模や性能に置いて他に類を見ないものでした:

Nike-Xシステムの特徴

  • 国土全域の複数同時攻撃に対する対処能力
  • 北米、北極圏全域を監視する巨大なレーダーネットワーク
  • 防衛網を突破した弾道弾も迎撃可能なPoint Defence能力 (今日のパトリオットのような近距離迎撃システム)

Nike SprintミサイルはこのNike-Xシステムの中核を成す存在で、核攻撃に対して都市単位での防衛能力を発揮する計画です。

Sprintは終末防衛兵器の一種で、射程はたったの40kmしかありません。この手の終末防衛兵器には様々な呼び方があり、Point Defence (“点”防衛)、Terminal Defence (“終端”防衛)等を呼ばれますが、共通する点は:”これが最終防衛ラインです”、ということです。マッハ20以上で飛ぶ弾道ミサイルの場合、撃ち漏らした場合は数秒で着弾する至近距離のため、まさに後がない状況になります。

当時は至近距離で迎撃を行う理由がもう一つありました。”Nuclear Blackout”と呼ばれる現象で、先行して爆発させた核弾頭によって敵レーダーを遮断し、二発目以降はレーダーで追えなくするという攻撃方法です。
追跡・照準用レーダーは地上で受発信するため、目の前に火球がある状態ではその後ろにある後続弾頭が見えなくなってしまうのです。

火球の死角

ヘラクレスにゼウスにスパルタン、弾道弾防衛ミサイルがギリシア神話、古代ギリシアにちなんだルーツはここからで、21世紀に入ってもネーミングだけは受け継がれているんだ。

Nike Sprintの要求仕様

このように、宇宙空間から防衛網を突破してきた弾道弾を地表ギリギリで迎撃するため専用に開発された迎撃ミサイルのため、Sprintにはかなり特殊な仕様が求められました。

Sprintの特異的な特徴

  • 5秒間でマッハ10まで加速し、弾道弾を着弾直前に迎撃
  • 大気圏内で加速するため、摩擦熱で3400℃に達する表面温度に耐える
  • 核弾頭を搭載し、至近弾でも目標を殲滅する

大気圏内をマッハ10で飛行し、核弾頭を搭載するSFも顔負けの脅威の兵器です。加速力の様子が分かる試験の映像をご覧ください。

まさに最終兵器、、、スペックがSFすぎて頭に入ってこないな!

Sprintが迎撃する対象はICBM。弾頭の突入速度はマッハ20以上に達し、1秒間で7kmも移動します。しかもその多くは初段の火球の裏側からレーダーを逃れて突入してくる想定のため、これらに対処するためには同等の高速が求められます。

極超音速兵器と弾道ミサイル防衛の歴史

弾道ミサイル防衛は第二次世界大戦、ナチスのV2弾道ミサイル誕生以来構想としては存在しました。この手の短距離弾道弾は発射から着弾までわずか数分しかなく、迎撃は非常に困難でした。1945年に開発が始まったNikeプロジェクトは当初対空目標を対象とした国土防衛システムでしたが、Nike Ajaxに始まり、高高度迎撃も可能なNike Herculeへと更新され、次第に性能アップが図られてきました。

1950年代に入りICBMの開発が活発に行われるようになると、飛行時間が30分程度になったことやレーダー技術が進歩し、いよいよ迎撃に現実味が出てきました。1962年にNikeプロジェクトの一貫として誕生したNike Zeusはこの手のシステムとして初めて配備され、弾道弾や低軌道を飛ぶ人工衛星まで撃墜が可能なものでした。

近年は弾道ミサイル防衛にはレイヤリングアプローチという一種の定石のようなものがありますが、Nike Zeusシステムは大本のひとつとなっています。

レイヤリング

レイヤリングは最も簡単な弾道ミサイル防衛思想ですが、コストもかさみます。射程の異なる多重の防衛システムを幾重にも巡らせて、撃ち漏らしたら次のレイヤで迎撃をするという思想です。事例として米国のLayered Homeland Missile Defence (レイヤー国土ミサイル防衛構想)を事例に見てみましょう。

レイヤー防御では3つの迎撃領域とそれぞれを担当する防衛システムから構成されます。

3つの防衛レイヤ

  1. GMD領域:Ground-Based Midcourse Defense。弾道ミサイルを航行途中の宇宙空間で迎撃する、最も射程の長い領域。衛星のレーダーの情報を元に、遠距離で初期の防衛を担当します。例えば北の国から発射された場合太平洋上で迎撃をします。Ground Based Interceptor (GBI) 迎撃ミサイルから構成されます。
  2. 近海領域:Aegis SM-3 Defence。GMDで迎撃できなかった、あるいは初期探知ができなかった落下中の弾道ミサイルを主に宇宙空間で迎撃します。GBIが数千kmの離れた目標を狙うのに対して、実質的な有効射程は数百kmしかなく一定の近海までしか防衛ができません。イージス艦はじめイージス防空システムとSM-3ミサイルを用いて運用されます。日本の場合これが最初の防衛レイヤになり、全土を射程圏内にするためにはイージス艦4隻程度が必要とされています。
  3. 拠点領域:Regional Defense等。都市や拠点を防衛するのに特化した近距離用のシステム。大気圏に再突入を開始した弾頭を迎撃します。射程距離が短いため首都圏や原発等、レイヤを突破した弾頭が到達すると壊滅的な被害が発生する設備に配備されます。至近距離での迎撃になるため、数秒以内という反応時間が求められます。米国では射程が長く、関東地方程度のエリアまで防衛可能なTHAADシステム、日本の場合東京都のみ防衛可能なパトリオットシステム等が代表例です。
  • おまけ1:Ascent Interception:事前に監視する警戒エリアに対して、弾道ミサイルが発射された瞬間に上昇中のミサイルを迎撃するシステム。衛星や航空機に搭載したレーザー等で迎撃をします。迎撃の成功率が低く、現在では配備されていません。
  • おまけ2:Point Defense 完全に大気圏内での防御の終末防衛兵器。Sprint以外にはIron Domeシステムや一般的な地対空ミサイル、広義では対空機関砲等も含まれます。射程が数十kmしかないため弾道ミサイルに対応するにはあまり有効とされていません。パトリオットもどちらかと言うとこのタイプに分類されます。

近年の動向と各レイヤの特徴

近年では 規模の違いはあれど 大小様々なレイヤリングアプローチを採用する国がほとんどです。

https://aviationweek.com/

SM-3やGBIのような宇宙空間での迎撃には一般的な地対空ミサイルのような爆発物ではなくHit-to-Kill、つまり物理的に弾頭を弾道弾に当てて迎撃する方式がポピュラーです。実際の迎撃を担当するのはブースター先端に搭載されたKill Vehicle (キルビークル)で、光学照準装置(多くは赤外線望遠鏡)、スラスタ、推進剤タンク等から構成されます。上図のような形態のものがほとんどです。

至近距離の迎撃を行う Point Defenseシステムの代表格であるイスラエルのIron Domeは90%以上の撃墜率を誇りますが、低速飛翔する砲弾や航空機等しか対処することができず、超高速で突入してくる弾道弾には対応できません。この手のシステムはほとんどが近接起爆弾頭を採用します:目標に接近すると爆発し、破片や爆風で破壊を試みる方式。アニメやSFで登場する”板野サーカス”や大多数の”ミサイル”はこのタイプかなと思います。

これまで紹介したレイヤリングアプローチでは、事前に予測した進路を元に、何千キロも離れた目標に対して照準を定めてから迎撃ミサイルを発射するため、冒頭で紹介したような機動弾頭や低空飛行するような弾頭には対応できず、実質的には最終レイヤしか機能しなくなってしまいます。このような脅威に対応するために、最近ではSprintに似たようなコンセプトが再び復活しつつあり、攻撃側、防御側共に手段が多様化してきています。

低速な砲弾や巡航ミサイルとは異なり弾道ミサイルの迎撃な難しく、実質的には70%も撃墜率があればかなり優秀と言われています。レイヤの数が多いほど成功率は高まりますが、仮に70%のレイヤを3つ保有していたとしても、突破率は2.7%、つまり100発のミサイルを発射した場合、2~3発は直撃する計算になります。

迎撃側の性能が向上しても、弾道弾自体がデコイや欺瞞機能を保有したり、機動弾頭であったり、またステルス性を有するようになっており、イタチごっこの状態です。そのためいくら迎撃側が進歩したところで、撃墜率は大きくは変わらないというのが定説です。

多くのミサイル防衛構想が頓挫してしまった理由や、一部の超大国でしか配備できない理由はここにあります。莫大なコストをかけて構築したシステムでもせいぜい数十発までの対処が限界です。

弾道ミサイル防衛は、本格的な全面戦争ではなく、ゲリラやテロリストの突発的な単発攻撃から防御するものと考えたほうが無難だ。最初から100%の安全なんて存在しない、あくまで保険みたいなものなんだ。

Sprint ABMを解剖してみよう

これまでミサイル防衛について紹介をしましたが、Sprintの課せられた役割の重要さやこの手のシステムの難しさが伝わりましたでしょうか?それではSprint本体について見ていきましょう。

概要

Sprint最大の開発難所は大気圏内でマッハ10で飛行する際の3400℃にも及ぶ摩擦熱、そして100gを超える加速力に耐える誘導装置の開発で、大気圏内での極超音速に耐えうる円錐構造となっています。公開されている諸元としては下記のものになります。

Nike Sprint 主要諸元

  • 推進機構:2段式固体ロケット
  • モーター推進薬:不明 (ジルコニウム・ニトロセルロース・ニトログリセリン混合物と推察されている)
  • 質量:3500kg
  • 直径:1.35m
  • 全長:8.2m
  • 1段目推力:295t (2890kN)
  • 最大速度:12,200 km/h (3.4 km/s、マッハ10)
  • 最大射程:40km
  • 弾頭:W66 中性子爆弾、重量450kg

搭載する弾頭は中性子爆弾を採用します。敵の弾頭を核爆発そのもので破壊するのではなく、起爆装置を中性子線で焼き切ることが狙いでした。もちろんこれは当時は高度な誘導性能は望むことができず、数キロ以内をまとめて無力化する必要があったためです。

中性子爆弾は強力すぎる放射線の影響で多くの残留放射能が残ると言われています。仮に目標を迎撃できても自国に深刻な放射能汚染を起こす可能性があり、味方さえも殺傷してしまう諸刃の剣だったのです。

臣民を守るためには悪魔の兵器の使用もやむなしですわ

マリーはそうやっていつも超兵器を発注しちゃうんだから、、、

モーターの推力を代表的なロケットとも比較してみましょう。百倍近くあるサイズのH2Aロケットのメインエンジンや固体ブースターすらも凌ぐ巨大な推力を発生することがわかります。推力は同じでも、数分間かけてゆっくりと燃焼をする一般的なロケット用モーターとは異なり、数秒間の間にすべての燃料を燃やしてしまうため、その分搭載燃料が少なく重量も軽くなっています。

諸元Sprint
1段目モーター
LE-7A
(H2A用メインエンジン)
SRB-A
(H2Aブースター)
機体全備重量3.5t290t75t
推力295t110t230t

システム構成

全体

機体表面は気化しながら蒸発潜熱で表面を冷却するアブレーション材に覆われ、2段式ブースターと弾頭から構成されます。コンパクトな円錐状の機体の中には電子機器がキッシリと隙間なく詰まっていて、機体全体がまるで弾頭のような形をしています。ランチャーはサイロに収められ、爆薬で射出される仕組みです。1段目点火と同時に瞬時に方向転換をし、目標に向けてノーズを向けます。

公開情報が限られているため、不明なところは判明している資料から推測してみましょう。

1段目ブースター

  • 燃料:星型溝の燃料グレインと固定式のノズルを採用し、瞬間加速力を最大化しています。着火時推力は295t、推進剤の消費が進んでも大きな推力低下は発生しないと想像されます。
  • 終端加速度:100g
  • 燃焼時間:1.2秒
  • 1段目重量:詳細は公表されていませんが、全体重量の5~8割程度が1段目から構成されると推測されます。上段の重量配分がかなり大きめになっています。
  • 直径:1.35m
  • 全長:図より3.3m程度と推定
  • 抗力係数:NAL TR-280を参考に円錐 Cd=0.11、射点で発射角を変えられるためマニューバは必要最低限、そのため迎角や進路変更の余剰ΔVは無視するものとします。
  • 推力制御方式:固定ノズル内にフロンガスを噴射し横推力を発生。可動部はなし。
  • 構造効率:不明ですが、搭載機器が多く燃料グレインの占める体積が小さいため、65~85%程度と思われます。
  • サイロ射出速度:不明ですが、映像等より30m/s程度と想定します。

2段目ブースター

  • 燃料:1-2段分離初期は星型、その後は燃焼速度を抑えた筒型グレイン形状で力積を稼いでいると思われます。また最大加速度は分離直後と思われます。
  • 終端加速度:不明、100g以下
  • 燃焼時間:不明ですが、合計燃焼時間は5秒とされているため、3.8sと仮定します。
  • 2段目重量:全体の2~5割程度と推察されますが、不明。次章で検証してみましょう。
  • 直径:図より0.81m程度と近似
  • 全長:図より4.9m程度と推定
  • 抗力係数:1段目同様Cd=0.11と推測します。
  • 推力制御方式:空力姿勢制御を採用し可動式のベーンを備えています。駆動は油圧アクチュエータで行われます。
  • 構造効率:弾頭や電子機器が占める割合が高く、75%未満と考えられますが、のちほど推定してみましょう。

誘導装置及び弾頭

  • 弾頭:キネティック弾頭の他W66中性子弾頭を備え、直撃ではなく中性子線で起爆装置を破壊することを狙いとしました。
  • 誘導装置/航法コンピューター/アンテナ:巨大な加速度に耐えるために開発陣が苦労した部分で、21世紀のものと比べると大型かつ性能は今ひとつ、しかし動くだけでもすごいという環境下で使われる代物でした。PCBの代わりに誘導砲弾等に使用される樹脂ブロックで部品と配線を固めたような構造であったことが推察されます。
  • 発射角度:ミサイル本体は可動式ランチャに搭載され、任意の方位、角度で発射することができます。

性能検討

どれぐらいのスペックがあればこの性能が実現できるのか、解剖してみましょう。

使う式

計算に当たって、下記の式を用います。

使う式

① 固体推進薬の推力:\( T = C_{p1} A_p = C_{p2} \dot m_p \) [N]

② ツォルコフスキーの公式:\( \Delta V = g I_{sp} \frac{m_0}{m_f} \) [m/s]

③ 空気抵抗:\( D = \frac{1}{2} C_d \rho A v^2 \) [N]

④ 高度圧力:\( P = 101325 (\frac{288}{((15-6.5H)+273.15})^{-5.256} \) (H < 11km)

      \( P = 22632.064*e^{-0.1577(H-11)} \) (H > 11km) [Pa]

⑤ 密度:\( \rho = \frac{0.0034837P}{(15-6.5H)+273.15} \) (H < 11km)

    \( \rho = 0.00001607985P \) (H > 11km) [kg/m3]

⑥ 実質発生推力 \( T = 推力 – 空気抵抗 \)

⑦ 実質発生加速度 \( a = T – 重力損失 \)

ただし
\( H \) :高度 [km] US Standard atm.
\( \Delta V \) :増速(抵抗を無視した場合の到達速度) [m/s]
\( C_{p1} \) :燃焼面積に対する推力の係数 [N/m2]
\( C_{p2} \) :単位時間当たり燃焼質量に対する推力の係数 [N/kg/s]
\( \dot m_p \):燃料の質量消費速度 [kg/s]
\( g \):重量加速度 = 9.81[m/s2]
\( I_{sp} \):Isp 燃料消費率 [s]
\( m_0 \):各段初期重量 [kg]
\( m_f \):各段最終重量 [kg]
\( C_d \) :抗力係数Cd値
\( \rho \) :空気密度(高度によって変化) [kg/m3]
\( A \) :前方投影面積 [m2]
\( v \):速度 [m/s]
\( P0 \) :地表標準大気での気圧 = 101.3[kPa]
\( t0 \):標準大気での温度[K] = 288[K]
\( z \) :高度 [m]

要求諸元

前章で列挙した要求諸元を再度整理してみましょう。詳細な諸元が不明なものは図等から推測しています。

諸元1段目2段目
構造効率65~85% (変数) 60~80% (変数)
モーターIsp算出 (230~270s程度と推定)算出
総重量2.1~2.8t (変数)0.7~1.4t (変数)
空虚重量2.13~1.12t140~560kg
直径 / 前方投影面積1.35m / 1.43m20.81m / 0.515m2
Cd値0.110.11
燃焼時間1.2s (? 文献値)3.8s (? 1+2段合計で5s)
推力(推力履歴)2890kN (初期最大推力)1500kN (初期最大推力)
弾頭重量68kg
最大加速度100g (文献値)100g (文献値)

重量/構造効率/推力履歴それぞれ振りながら不明値を確認して行きましょう。

解法

推力履歴を仮定し、逐次計算する方法、構造効率を仮定して一括計算する方法などいくつかのアプローチが考えられますが、ここでは下記の手順で見てみます。

  1. 1段目、2段目それぞれで適当な1/2段重量配分、構造効率、推力履歴を仮定する
  2. 地表から任意の角度に発射したと仮定して、空気抵抗を加味した加速度と到達速度、到達高度を計算する。長射程のICBMの突入角度として20°付近を迎撃しますが、仮に真上に打ち上げえるものとして45°と仮定しましょう。
  3. ②に対して空気抵抗を無視した増速との差分から空気抵抗+重力損失の正味損失ΔVを求める。
  4. ①から逐次計算して到達速度が3.4km/sに収束するまで繰り返し計算を行う。推力履歴をいじることで最終ΔVが文献値になるように調整する。この際のIspをツォルコフスキーの式より求める
  5. それぞれの1/2段重量配分、構造効率の水準で①~⑤を検討する

極めて推力が大きいため、重力損失の影響によるピッチモーメントは無視し、一直線に飛行するものと考えることができます。また空力ベーンで機動を行うため、2段目モーター燃焼終了後実質的に迎撃が可能なのは数秒間になります。また射程距離が極めて短いため軌道要素は無視し、平面座標系として考えます。

迎撃サイロと突入飛翔体に対する迎撃ポイント

実際の文献でも迎撃可能高度は40km程度、最長でも迎撃に要する時間は30秒以内とされており、大気圏内での迎撃のみに焦点を絞っていることが分かります。

大気密度の仮定

この手の計算を行う時によく用いられる: US Standard Atmosphere 1976 を用います。成層圏外までカバーされている標準大気状態になります。
US Standard Atmosphere

固体推進薬の推力履歴・Isp・構造効率

2つのパラメータを振って感度解析を行います。1/2段重量配分は8:2~5:5、構造効率は低水準/中水準/高水準でそれぞれどうなるか見てみましょう。

また推力履歴は不明のため、初期推力から終端推力まで直線的に減少するものと仮定して検討を進めます。下図の推力Bのようになります。それぞれの検討ケースで、終端推力を振りながら到達速度が一致する際の履歴を採用します。空力損失は発射角度によって変わりますが、中間的な45°の発射角度と仮定します。実際にはもっと浅い角度で発射するため、密度の濃い大気中を飛行することになり、損失が増大すると考えられます。

一般的には”推力A”のような、最初の推力が最大で、終盤に向かって大きく推力が減少するような履歴に設定されたモーターが多いです。燃焼が進み本体がが軽くなった時に、過大な加速度を防ぎつつ、最大限力積を発生させるのが狙いです。Sprintではモーター履歴に関する詳細が不明なので、”推力B”に一定割合で低下するものとして考えます。

水準パターンとしては1/2段重量比率と1/2段それぞれの構造効率を下記の範囲で振ります。(3x3x3の組み合わせでリニアに各パラメータを振りながら検討します。)

水準パターン1/2段重量比率構造効率 (1/2段)
中央基準値 (Mid-Mid)7.5:3.50.75 / 0.7
Low構造効率-Low重量8:20.65 / 0.6
High構造効率-High重量5:50.85 / 0.8

検討結果

各水準 推力・空気抵抗履歴

それぞれの水準の空気抵抗と推力履歴です。推力履歴を必要ΔV=3.4km/sを達成するために適当に設定しているため、到達速度は同一、また似たような速度履歴になります。

加速度・速度・高度履歴

それぞれの水準の軌道履歴です。似たような速度履歴になるように推力履歴を調整してるので、軌道に大きな差は出ません。わずかな差は損失差によるものです。2段目の高度は一見無限の遠方まで飛んでいくように見えますが、実際には5sで推力がカットされた時点で第一宇宙速度には到達していません。そのため放物線を描いて遠方で落下するような軌道になります。

速度に関しては燃焼終了時にまだ高度が低く、非常に大きな空気抵抗で減速することが分かります。また、1段目は燃焼時間があまりにも短いため上位水準と低水準でほとんど軌道には差が現れず、2段目の推力と燃焼時間へ与える影響で最終的な軌道が決まる事がわかります。

1段目は非常に低高度で分離するため、分離した瞬間に強烈な空力抵抗でバラバラに飛散するように設計されていました。発射1.2sでマッハ3に達し、5sでマッハ10に加速する場合このような軌道になることが予想されます。

Isp・ΔV損失・有効ペイロード

それぞれの水準の実現するために必要なIspと、その際の空力・重力損失によるΔV損失、有効ペイロードです。Low~Highは2段目重量配分のことを示しています。

重量水準が低いほどΔV損失が大きく、結果的に2段目に高いIspが要求されます。また、同じΔVの場合でも重量水準が高いほうが有効ペイロード(2段目 mf) が高いため、2段目を大きくしたほうが有利な設計になることがわかります。

一般的に固体推進薬のIspは230~270s程度なので、300s以上という結果はちょっと現実的ではありません。これほど燃焼速度が早い特殊な燃料となると、270s以上の要求Ispは成立しないと思われます。

予想諸元

現実的なIsp / 重量水準 / 構造効率の 組み合わせだと、Mid-Highが最も現実的な値に近いことが伺えます。下記がSprintのシステム諸元に近いと考えられます。ただし100gの最大加速度と燃焼時間(1段目1.2s、合計5s)という前提が正しいと仮定した場合ですが、、、

諸元1段目2段目
Isp244s250s
全備重量1750kg1750kg
構造効率0.750.7
推力 (点火時/最終)2894kN / 2256kN1765kN / 147kN
獲得ΔV1107 m/s2300 m/s
損失ΔV674 m/s (1/2段合計)

はっきり言うと、公開されている情報が少なく、この推定結果が本当に正しいかは分かりません。ただシステムとしての成立性を考えるとそう大きくは外れていないかと思います。

特筆すべき点はHigh-Low水準では損失ΔVが2km/s近くにも達する点です。いかに空気抵抗が大きいかが分かる恐ろしい結果となっています。大気圏内を極超音速で飛行するためには非常に大きな損失が伴うことが数値的に見れたかなと思います。

一見あり得ないようなスペックのSprintですが、このように分解していくと固体ロケットとしては平凡な性能であることが分かりました。エンジニアリングの面白さは物理には逆らえず、しかし物理に従う限り、どのような機械も実現可能である点かもしれません。

計画の終焉と20世紀の遺産

Nike Zeusで開発されたNike Hercules防空ミサイルは、日本をはじめ世界中に輸出がされているベストセラーとなっています。航空自衛隊のNike防空ミサイルは、陸上自衛隊のホークと共に長年日本の防空を担ってきました。しかしその後50兆円を超える建造費、迎撃成功率の低さ、MIRVやデコイの普及等、広域防衛システムを揺るがす様々な要素によってNike-Xは完成の目を見ることなく、プロジェクトは縮小され、個々の兵器だけが残りました。多くの開発費が投じられたSprintも2年にも満たない短い配備期間で退役してしまいました。

ここで開発された技術は広く民間転用され、、、と言いたいところですが、残念ながら多くの資料が焼却されてしまい、大部分は闇に葬られてしまいました。

そして人類はまたこの領域に近づくのは21世紀の今日、極超音速旅客機やスクラムジェットの研究が進んでからです。

弾道ミサイル防衛の歴史は古く、どのシステムでも完全に防ぎ切ることはできない。開発自体が失敗に終わることも多いし。。。戦争で進歩する技術もあれば、莫大な開発費をかけても忘れ去られてしまう技術もあるんだな

現代でも稼働する冷静時代の遺跡PARCS (wikipedia commons)

兵器開発の中にはコンピューターや集積回路のように生活に進歩をもたらすものもあれば、税金を溶かすだけに終わってしまうものもたくさんあります。国際的な緊張が高まりつつある現代。不祥事や隠蔽事件が多発する現代。技術者倫理がより一層求められているのかもしれません。

本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。初兵器ネタでしたがいかがでしたでしょうか。普段あまり目に触れることのない世界ですが、その背景には多くの技術者の努力と日々の生活を支える社会の裏側が存在します。それでは、また次回お会いしましょう!

参考・クレジット

ベル研究所による弾道ミサイル防衛のバイブル、原典です。
ABM Research & Development at Bell Laboratories

弾道ミサイルについて色々と解説するサイト
ABM 101

レイヤリングについて納税者向けの説明資料
Layered Missile Defence System

公式書籍
US Strategic and Defensive Missile Systems 1950–2004

標準大気条件
Us Standard Atmosphere 1976

Cd値参考NAL
NAL TR-280 ガン・タンネルによる鈍頭円錐の極超音速空力特性

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