活用事例と主要ソフト
1Dシミュレーションは「システムがあるところ」ならどこにでもあります。代表的な4つの分野を、そこで使われているソフトと一緒に見て行きましょう。
化学プラント・プロセス
1Dシミュレーションの本家本元です。プロセス業界では「プロセスシミュレーション」と呼ばれ、定常状態の物質収支・熱収支から始まり、起動・停止・緊急遮断といった過渡状態のダイナミックシミュレーション、さらには運転員の訓練用シミュレーターまで同じモデルが使われます。代表がAspenTech社のAspen HYSYS / Aspen Plusで、定常モデルをそのまま動的モデルに切り替えて、ポンプ停止時のサージや制御の応答を確認できます。
ここで冒頭のP&IDの話に戻ります。P&IDを描くソフト(Hexagon社のIntergraph Smart P&ID、2025年のスピンオフでOctave社のFacets P&IDに改名)は図面と機器データベースのツールであって、シミュレーターではありません。しかし最近はこの機器データベースからプロセスシミュレーターへ直接モデルを渡す連携が進んでいて、「図面がそのまま1Dモデルになる」世界に近づいています。



ロケットエンジン
液体ロケットエンジンは「タンク→ターボポンプ→ガスジェネレータ→燃焼室」という流体システムそのもので、1Dシミュレーションの塊です。エンジンの起動シーケンス(どの順番でバルブを開けるか)、ターボポンプの立ち上がり、配管の水撃(プライミング)、こういった過渡現象はすべて1Dで設計されます。
欧州ではESA(欧州宇宙機関)が主導するESPSS(European Space Propulsion System Simulation)というライブラリ群がEcosimProというソフト上で動いていて、Ariane 5の上段ステージなどで実機検証されています。ESA加盟国の組織にしか提供されないという、なかなかの国家プロジェクトぶりです。米国ではNASAグレン研究センターが1995年から開発したNPSS(Numerical Propulsion System Simulation)が、ジェットエンジンから液体ロケットエンジンまでのサイクル解析の標準ツールになっています。




ロケットエンジンのターボポンプも、性能マップは最終的にはテストベンチで取ります。LE-9のタービン翼のトラブルの記事で書いたとおり、部品単体の試験がどれだけ大事か。。。あの試験データが、システム1Dモデルの部品になるわけです。
電力系統
電力系統は発電所、送電線、変圧器、負荷がつながった巨大な回路で、これも1Dモデル(というより回路モデル)で解かれます。落雷や遮断器の開閉で起きるマイクロ秒単位の電磁過渡現象にはPSCAD/EMTDCのようなEMT(電磁過渡)シミュレーター、系統全体の周波数や電圧の安定性にはPSS®EやPowerFactoryといった系統解析ツールが使われます。
後編で扱う揚水発電所は、実はこの電力系統と機械システムの境目にある面白い題材です。ポンプ水車という機械が、電力系統の需要に合わせて水を上げたり下ろしたりする。機械の1Dと電気の1Dが同じ土俵で語れる、まさにシステムシミュレーションの世界です。


ダムからロケットまで同じ道具で解けるって、改めて変な話だね。
自動車・機械(MBD)
そして日本で「1D CAE」という言葉を一番よく使うのが自動車業界です。エンジンの吸排気系ならGamma Technologies社のGT-SUITE(GT-Power)、油圧・冷却・電動化システムならSiemens社のSimcenter Amesim、配管網ならSimcenter Flomaster、制御と一緒に回すならMathWorks社のMATLAB/Simulink(物理モデルはSimscape)。そしてオープンな言語としてModelicaがあり、OpenModelicaなら無料で始められます。
分野ごとに整理するとこうなります。
| 分野 | 主なソフト | 何を解くか |
|---|---|---|
| 化学プラント・プロセス | Aspen HYSYS / Aspen Plus、gPROMS | 物質・熱収支、起動停止、運転訓練 |
| P&ID作図(※シミュレーターではない) | Smart P&ID(現Facets P&ID)、AVEVA P&ID、AutoCAD Plant 3D | 配管計装図と機器データベース |
| ロケット・航空推進 | EcosimPro/ESPSS(ESA)、NPSS(NASA/SwRI) | エンジンサイクル、起動過渡、プライミング |
| 電力系統 | PSCAD/EMTDC、PSS®E、PowerFactory | 電磁過渡、系統安定度 |
| 自動車・機械システム | GT-SUITE、Simcenter Amesim / Flomaster、MATLAB/Simulink、Modelica(Dymola、OpenModelica) | 吸排気、油圧、熱管理、制御連成 |
ソフトが多すぎる。。。ぜんぶ高そうだし、個人で触れるものなの?
商用ソフトは確かにお高いです(汗
でも1Dモデルの中身は「部品の特性 + 質量保存 + エネルギー保存 + 時間積分」だけ。実はPythonで100行もあれば書けちゃいます。ソフトを買う前に、一度自分で書いてみると1Dの正体が腹落ちしますよ。
おそらく一番汎用性が高く、ユーザーも多いMATLABが普及率ナンバーワンのように思いますが、ScilabやPythonで無料で個人でも計算の体験をすることもできます。(かなりクセはありますが。。。)
最後に
派手な3Dの絵が出てくるCFDやFEAに比べると、1Dシミュレーションは地味です。出てくるのはグラフだけ。でも設計の最上流でシステムの成立性を決め、実測データを部品として取り込み、制御込みの過渡応答を数秒で解く。3Dには原理的にできないことをやっているのが1Dです。
本日は1D CAE(1Dシミュレーション)について、その考え方と真価を少しでも知ってもらえたらなと思いピックアップしてみました。P&IDを眺めるとき、「これは1Dモデルなんだ」と思ってもらえたら、この記事の目的は達成です。
後編では、揚水発電所とガスジェネレータサイクルのロケットエンジンをPythonで実際にモデル化して、雨を降らせたり、起動過渡を見たりします。コードも配布しますので、是非自分の手で1Dシミュレーションを回してみてください!
グラフしか出てこない地味なシミュレーションですが、私はこの「部品をつないだら何が起きるか」を当てにいく感じが大好きなんです。ロマンの塊とまでは言いませんが、いくら部品単位で頑張っても大本が良くなければどうしようもありません。まさに1Dシミュレーションこそシステムズエンジニアリングの真骨頂です。設計の醍醐味はここにあると思っています。
後編は近日公開です、本日もありがとうございました!また次回お会いしましょう
引用
https://www.jsme.or.jp/dsd/1dcaembd/1dcaembd-ohtomi.pdf
https://www.ifs.tohoku.ac.jp/edge/DAE/material/DAE2/20151211_ProfOtomi.pdf
https://www.idaj.co.jp/blog/solution/system-sim/gt-suite-for-1d-cae_210302
https://d-monoweb.com/blog/1dcae-basics/
https://www.aspentech.com/en/products/engineering/aspen-hysys-dynamics
https://hexagon.com/products/intergraph-smart-p-id
https://en.wikipedia.org/wiki/Intergraph
https://www.ecosimpro.com/products/espss/
https://indico.esa.int/event/580/page/936-overview
https://en.wikipedia.org/wiki/Numerical_Propulsion_System_Simulation
https://www.siemens.com/en-us/products/simcenter/systems-simulation/amesim/
https://en.wikipedia.org/wiki/Flowmaster_Ltd.
https://www.pscad.com/knowledge-base/topic-609/v-
写真:Wikimedia Commons — 南相木ダム・上野ダム(Qurren, CC BY-SA 3.0)、フランシス水車ランナー(Wasrts, CC BY-SA 3.0)、OMRE P&ID(US AEC, PD)、Aspen HYSYS画面(Reedmiller22, CC BY-SA 4.0)、化学プラント(FoxyStranger Kawasaki, CC BY-SA 3.0)、Merlin 1D試験(SpaceX, CC0)、LE-5(Daderot, CC0)、F-1ターボポンプ(NASA, PD)、制御室(PEO ACWA, CC BY 2.0)
図:FEAによる振動モード解析(Polytec Magazine)。アイキャッチは上記の化学プラントの写真(CC BY-SA 3.0)に図を重ねて作成。




















