はじめに
- 1D CAE やデジタルツインについて知りたい
- 3Dシミュレーションがあるのに、なんで1Dなんて使うの?と疑問に思っている
- ポンプや配管、タービンが絡む「システム全体」の挙動を計算したい
- 今回の記事のレーティング:
1Dシミュレーションとは
1D CAE(1Dシミュレーション)とは、機械・流体・電気などのシステム全体を「部品のつながり」として数式で表し、時間とともにどう動くかを計算する手法です。
1D-CAE:集中定数系の微分方程式で動的な挙動を記述するモデルを1Dモデル、そのシミュレーションツールを1D-CAEと呼ぶ。
日本機械学会 設計工学・システム部門「1DCAE・MBDの目指すところ」(大富浩一)より
集中定数系。。。? CAEって3Dの形をメッシュで切って計算するやつじゃないの?1Dって線だよね?何を計算するの?
かずおさん良い疑問ですね。本日はその疑問に答えていきますよ~
みなさんこんにちは!本日は3D CAEの影に隠れがちだけど、実は現場のエンジニアが一番お世話になっている縁の下の力持ち:1D CAE(1Dシミュレーション)について解説します!
今回は前後編の前編です。後編ではPythonで揚水発電所とロケットエンジンの1Dモデルを実際に作って動かしますので、そちらもお楽しみに!
(なお、MATLABのようなソフトを日頃からいじってる人は生暖かい目で見守ってください笑)
1D CAEのモデルはこんな見た目をしています。部品をアイコンで置いて線でつなぐだけ、まるで回路図です。

0D・1D・3Dの違い
「1D」という名前は次元の話ですが、空間の次元というよりは「どこまで形を捨てるか」の話だと思ってもらうのが一番分かりやすいです。
3D CAEは形そのものを計算します。部品をメッシュ(小さな要素)に分割して、応力なら有限要素法(FEA)、流れなら数値流体力学(CFD)で、空間の各点での応力や流速を求めます。形が分かるので、「この角に応力が集中する」「このエルボで剥離が起きる」といったことが見えます。

シミュレーション、と言えばこのイメージだよね。どこかでCFDは「カラフルフンイキダイアグラム」だって聞いたことがあるような気も。。。
一方0D CAE(集中定数モデル = 0D lumped model)は、形を完全に捨てます。タンクは「体積と圧力を持つ一点」、ポンプは「流量を入れると揚程が出てくる箱」、配管は「圧力損失を与える抵抗」です。電気回路でコンデンサや抵抗を点として扱うのと同じ考え方ですね。
例えば、体積1Lのペットボトルに毎分1Lの水を注ぐと、1分で満タンになりますよね。ここには次元も線も存在せず、1点の状態量だけが存在します。中学の物理で扱うような内容は大体0Dです。
そして1D CAEは、その中間で「流れの方向だけ」形を残します。長い配管の中の圧力波(水撃)や、エンジンの吸排気管の中の脈動は、管の長さ方向の分布がないと計算できません。そこで管を長さ方向に区切って計算する、これが本来の意味での1Dです。ただし業界では0Dモデルも含めてまとめて「1D CAE」「1Dシミュレーション」「システムシミュレーション」と呼ぶことが多いので、この記事もそれに倣います。
三者の違いを図にするとこうなります。

この違いを、一番端的に言い表した言葉があります。
3D:構造は分かるが機能は見えない。1D:構造は分からないが機能は見える。
大富浩一「1DCAEの考え方、適用事例、課題」より
3Dは「形」を考えるCAE、1Dは「機能」を考えるCAE。この一言に尽きます。設計の一番最初、まだ形がないときに使えるのは1Dしかないんですよね。配管設計とかも、複雑な系になるほど1D解析が主流です。
なぜ重要なのか
システム全体が見える
製品はひとつの部品では動きません。自動車ならエンジン、変速機、冷却系、電装、制御ソフトが全部つながって初めて走ります。3D CAEはひとつの部品を深く見るのは得意ですが、この「つながり」を丸ごと計算するのは苦手です。冷却水ポンプの3D CFDを回しても、ラジエーターのファン制御が変わったときに水温がどうなるかは分かりません。一方でCFDをやったことはないけど、実機のデータだけ存在する、というケースも多々あります。
1D CAEはこの逆で、部品ひとつひとつは簡単なモデルですが、全部をつないで「システムとして成立するか」を見ることができます。各部品は3D CAEや実験値、つながりは1Dです。流行りの用語だと、これをモデルベース開発(MBD)と呼び、企画段階で1Dモデルを作って、制御のデバッグや適合までを机上で済ませる取り組みが定着しています。「デジタルツイン」という用語も、中身は1D解析モデルのことを指し示す場合が少なくありません。
もちろん、1D以外にも2D(翼理論)、準3次元(ブレード)等、様々な次元の解析手法が存在します。これらを活用した開発手法をエンジニア以外にも分かりやすく伝えるため、まとめて「モデルベース開発」、「デジタルツイン」、などと言ったトレンディーな用語で表しています。近年では様々な業界に普及していますが、元々プラントやエンジンシステムの世界では、40年以上前からこのやり方が主流でした。
過渡応答と制御
もうひとつ大事なのが「時間」です。ポンプを起動した瞬間、バルブを急に閉めた瞬間、負荷が急変した瞬間。設計で本当に怖いのはこういう過渡状態で、定常状態の計算だけでは絶対に出てきません。
1Dモデルは基本が時間の微分方程式なので、過渡応答を解くのが本業です。しかもモデルが軽いので、PID制御などの制御ロジックを一緒に回すことができます。「制御込みで」システムの挙動を見られるのは1Dの特権と言えるでしょう。制御と言えば、以前生成AIにPID制御器を設計させる記事を書きました。あれも中身は立派な1Dシミュレーションです。
圧倒的に速い
3D CFDは1ケース回すのに数時間から数日かかることも珍しくありません。1Dモデルは同じシステムを数秒から数分で解きます。だから「バルブ径を10通り変えて」「降雨パターンを100通り試して」というパラメータスタディが現実的な時間でできます。設計初期に必要なのは精密な一発回答ではなく、広い設計空間を素早く探すことなので、この速さが効いてきます。
1D CAEの重要性をまとめるとこの4点になります。
- 部品ではなくシステム全体の挙動が見える
- 起動・停止・急変といった過渡状態を制御込みで解ける
- 計算が速いので、まだ形がない設計の最上流から使える
- 解析結果と実験データを同じモデルの中で組み合わせられる
なるほど、速いのは分かった。でも速い分だけ精度が落ちるんでしょ?それって結局3Dの下位互換なんじゃ。。。
そこなんです。実は1Dは「3Dの簡易版」ではありません。3Dには原理的にできないことができる、まったく別の道具なんです。また、多くの場合1Dのほうが精度は良くなります。次の章がこの記事の本題です!
1Dシミュレーションの真価
P&IDは「手描きの1Dモデル」
プラントや配管系をやっている人なら毎日眺めている図面があります。P&ID(Piping and Instrumentation Diagram:配管計装図)です。

P&IDには寸法も形状もありません。あるのは「どの機器が」「どの配管で」「どうつながり」「どの計器で測って何を制御するか」だけです。お気づきでしょうか。これは1Dモデルそのものです。1D CAEのソフトでモデルを組む作業は、P&IDの記号をひとつずつ、性能データを持った部品に置き換えていく作業に他なりません。
だからこそ、P&IDを読める機械屋さんは、実はもう1Dシミュレーションの半分をマスターしています。残りの半分は「部品の性能をどこから持ってくるか」で、ここに1Dの真価が隠れています。

うわ、線と記号だらけ。。。これ全部つながってるの?
さっきの図3は非常に単純な冷却水ループの例でしたが、本格的なプラントになると、P&IDが数百枚、時には数千枚以上になります。また、車や飛行機、船のような乗り物にもたくさんの配管がありますよね。原理はどれも同じです。
ちなみにP&IDを描くソフト(Smart P&IDやAutoCAD Plant 3Dなど)はあくまで「図面」のツールで、シミュレーターではありません。でも1Dモデルの設計図としてはこれ以上ないものなんですよね。最近では解析モデルも同時に構築してくれるので、絵を描いて挙動まで予測することもできます。
実測データを使って解析したい
シミュレーションをしていると、実機データがないと進めない、こういうことが多々あるかと思います。例えばポンプの性能は、最終的には実測でしか決まりません。
ポンプメーカーのカタログに載っている性能曲線(Q-H曲線:流量と揚程の関係、効率曲線、必要NPSH)は、試験設備で実際に水を流して測ったものです。もちろん設計段階では羽根車の3D CFDも回しますが、最後はテストベンチの数字が正です。

羽根車の表面粗さ、シール部の漏れ、キャビテーションの発生点。。。こういったものは今のCFDでも完全には予測できません。下図がポンプの性能曲線の例です。流量を増やすと揚程が下がり、効率はある流量で最大になる。この曲線が「そのポンプが何者か」を表しています。

そして1D CAEは、この実測の性能曲線をそのまま部品として取り込めます。ポンプの中で何が起きているかは一切計算しません。「この流量ならこの揚程」というテーブルを引くだけです。
バルブならCv値、タービンなら効率マップ、熱交換器なら伝熱特性。すべて試験やメーカーデータから持ってくればいい。これが1Dの「精度が落ちる」という誤解への答えです。実測値を使うのだから、部品単体の性能の精度は3Dより高いことすらあるのです。
へぇ~~~。計算じゃなくて実測を組み合わせるのか。それって計算してるって言えるの?
言えます!1Dが計算しているのは部品の中身ではなく、部品と部品の「間」なんです。実測で分かっている部品を100個つないだとき、システム全体がどう動くか。これは試験では絶対に確かめられません。プラントを100通り組んで試すわけにはいきませんからね(汗
なぜ3Dではシステムを解けないのか
「じゃあプラント全体を3D CFDで解けばいいじゃないか」と思う方もいるでしょう。これが現実的でない理由は3つあります。
規模
化学プラントには何千台ものポンプとバルブ、何百kmもの配管があります。ポンプ1台の内部流れをまともに解くだけで数百万要素のメッシュが必要です。

これを全部つないで解くのは、計算機の性能がどれだけ上がっても現実的ではありません。しかも設計変更のたびにメッシュを切り直すことになります。
ポンプ1台、エルボ1個なら3Dは最強です。問題は「1,000個つないだら」なんです。
主要メーカーの数値計算リソースをすべて使っても、精度よく完全に3Dシミュレーションだけで設備すべてを丸々計算するというのは2026年現在まだできません。
時間スケール
もっと本質的なのがこちらです。ロケットエンジンの燃焼室で起きているような化学反応の現象はマイクロ秒単位、タンクの推進剤が減っていく現象は数分単位、揚水発電所の貯水池が満ちるのは数時間から数日単位です。
3D CFDは一番速い現象に合わせて時間刻みを決めなければならないので、マイクロ秒刻みで数時間〜数日分を計算することになります。これは無理です。1Dモデルなら、速い現象は「実測から得た特性」として畳み込んでしまい、遅い現象だけを時間積分すればいいので、数日分のシミュレーションも数秒で終わります。

マイクロ秒刻みで数日分。。。ざっくり数千億ステップ?無理だね。
そうなんです。しかもロケットエンジンには「起動の1秒」と「燃焼の150秒」が同居していて、どちらも設計に必要。これを1つのモデルで見られるのが1Dです。後編で実際にやります。
境界条件
3D CFDは「入口の流量はこれ、出口の圧力はこれ」という境界条件を与えないと解けません。でもシステムの中では、入口の流量はポンプが決め、ポンプの動作点は下流の配管抵抗が決め、配管抵抗はバルブ開度が決め、バルブ開度は制御が決めます。
境界条件そのものがシステムの答えなのです。これを解くには全部を同時に連立させるしかなく、それが1Dシミュレーションの仕事です。
実務でよく見る失敗が、立派なCFD結果を持ってきたのに境界条件が「とりあえず定格流量」だったというケースです。その流量になる保証はどこにもないんですよね。境界条件を1Dで決めてから3Dを回す、この順番が大事です。
3Dと1Dの分業
ここまで読むと1Dと3Dは対立するもののように見えますが、実際には役割分担です。上流で1Dがシステムの仕様と動作点を決め、その動作点を境界条件にして3Dが部品の形を詰める。
3Dで得られた部品の特性(圧力損失、効率マップ)を1Dに戻して、もう一度システム全体を評価する。このループを回すのが現代の設計プロセスです。

3D CFDそのものについては、無料で試せるSimscaleの導入記事を以前書いていますので、興味のある方はこちらも是非ご覧になってみてください!
下位互換じゃなくて分業なんだね。で、実際どんなところで使われてるの?





















