はじめに
今回はSpaceX特集の一環として、”打上能力”や”ロケットの性能”についての解説記事です。
- 第一回の続きを待っていた!
- ロケットの打ち上げ能力や性能って具体的に何?
- 今回の記事のマニアック度:
今回はStarshipの打上能力を推定する前に、ロケットの性能について、初めての方にも分かりやすいように解説をして行きたいと思います。
第二回の前にこの記事を読めばきっと理解が深まるはずです!
第一回はこちらからどうぞ:
“打上サービス”とは
まず最初に、(民間企業で)ロケットを打ち上げる、というのはどういうビジネスでしょうか?
え?うーん大きな機体を作ったり、たくさんの設備が必要だし製造業じゃないのかな。。。?
たしかに機体を作ったりする部分はそうだけれど、打上そのものは貨物を輸送する“運送業”なんです!
ロケットによる人工衛星の輸送は、地上から宇宙空間へ貨物を運ぶ運送業です。そしてロケットの機体本体は陸運会社で言えばトラックに該当します。
打上に使う機体は必ずしも自社で生産しているとは限らず、他社のロケットを買ってきて打上サービスだけを行う会社も中には存在します。
打上サービスを提供している企業
ロケットの打上を行うほとんどの会社では“Launch Service Provider (LSP):打上サービス事業者”と名乗っています。
LSPの有名所としては下記のような会社があります。
- United Launch Alliance,:ULA (米): ボーイングとロッキードの合弁で生まれた業界最大手。Atlas VやDeltaIV等を運用します。
- Arianespace (欧): 欧州の最大手でアリアン5の他ソユーズ等の委託打上も行っています。
- 中国航天科技集团公司 (中): 長征シリーズ等数多くの打上実績を誇る最大手の一角です。
- Orbital ATK(米): かつての”旧四天王”の一角だったものの、SpaceXやULAの後塵を拝しノースロップ・グラマンに吸収されたのち、消滅してしまいました。
- SpaceX:説明は不要ですね。創立からわずか15年で中国航天、ULA、Ariancespaceと並んで新四天王のステータスまで上り詰めました。Falcon 9及びStarshipの開発・運用を行っています。
- Antrix Corporation (印):ISROの民間ビジネス部門で200機以上の打上実績を誇る名門です。
- 三菱重工業 (日):日本を代表するサービス事業者でH2A, H3の打上運用を行っています。
などなど!他にも卸売業者や仲介業者などもたくさんあり、今は打上サービスはまさに群雄割拠の戦国時代なのです!
いろんな運送業者がいるんだね!日本でも最近はJAXAじゃなくて三菱重工が打上を担当しているし、ほとんどは民間の会社なんだね
打上サービスの顧客
打上サービス事業者の顧客は、“人工衛星や人間を打上げしたい個人/会社”になります。競争力を保つためには顧客に魅力的なサービスが必要ですが、一体どのような特性でしょうか?
宅配に求めるものと同じじゃないかな?
そうです! 打上サービス事業者の競争力とは、単純化すると:
- いかに遠く
- 多くの荷物を
- 安く
- 安全に運べるか
この4本柱になります。もちろん顧客によっては、特急料金で急ぎで届けてほしかったり、割れ物だから丁重に扱ってほしいといった特別な要望がある場合もありますが、主要なのはこの4つです。
これらを実現するのがLSPの使命で、打上サービスの専門用語に置き換えると、下記のようになります。
- 到達軌道:衛星の軌道 (目標軌道とも)のことで、遠いほうが到達するのが大変です。
- ペイロード:運べる衛星の大きさや重さのことです。
- コスト:結局は安いが正義、一番重要です。
- 信頼性:打上が失敗すると困りますよね。保険料にも関わります。
運送業の本質はたとえ宇宙であっても地上と変わりません。唯一の違いは、“到達軌道”とは場所だけでなく、速度も関係している点です。人工衛星は地球の周りや太陽の回りを回っているので、速度も合わせなければ狙った軌道へは到達することができません。
例えるならば:”佐賀県から東京都まで荷物を運んでほしいけど、止まらずに首都高を時速80キロで走っている状態で手渡ししてね。でもうちの受取人は時速80キロで走っていてて12:51に銀座JCTを通るからその時間ぴったりに通過するようにしてね。” というかなり難しい条件付きの状態です。ロケットの打上が難しいのはこのためです。
ロケットシステム
優れたサービスを実現し収益を得るために各社が保有するアセットが“ロケットシステム”です。
ロケットというと機体そのもののイメージですが、打上のためには射場設備や工場からの輸送網、ロケットの誘導を行うアンテナなど数多くのインフラが必要ですよね。これらをまとめて“ロケットシステム”と呼んでいます。
広い意味では製造も含まれますが、一般的には完成した機体を軌道投入するまでに関係するすべてのアセット、です。
打ち上げに必要な機体を含むすべての設備ってことだね。
“すべて”の意味合いでは“Launch System(打ち上げシステム)”と呼ばれることも多いです。これに対して機体本体は“Vehicle System(機体システム)”になります。用語はさておき、機体以外にも色々な要素で性能が決まるところがポイントです。
ロケットシステムの性能
ロケットシステムが提供する価値は、先程挙げた4つの顧客の要望をいかに実現できるかと言うことにかかっています。射場~誘導設備まですべてを含めた場合の”性能”です。
どのような要素から構成されるか見てみましょう!
射場
ロケットの打上を行う場所、立地です。ロケットシステムの性能の大部分がここで決まってしまいます。
静止軌道だと赤道に近い射場のほうが有利なんだよね??
たしかに地球の自転方向と同じ方向に打ち上げる場合は赤道に近いほうが有利です。赤道と北極とでは必要な機体の大きさは1.5倍~2倍にもなってしまいます。
しかし観測衛星など南北方向の軌道を希望する衛星も多く、一概には言えません。軌道に応じた適切な射場を複数箇所保有しているのが一番、と言えます。
対地同期軌道や静止軌道など、地球の自転と近い軌道の傾きでは赤道に近いほうが有利です。地球の公転面は自転面とほぼ同一なので、月や火星へ向かう場合もこっちが有利です。
極軌道や準太陽時軌道など、地球の自転と垂直に近い軌道の傾きでは自転はむしろ余計になり、赤道から遠いほうが有利になります。観測衛星はこのような軌道をとることが多く、実は需要が大きい軌道です。
射場の立地はこのように打上を行いたい軌道に応じて最適場所が変わります。しかし射場には他にも様々な要素が求められ、なるべくすべての条件を満たしているほうが好ましいです。
- アクセス性:機体やペイロードの運搬のしやすさ
- 近隣に人口密集地がないこと: アクセス性と相反するのがネックです
- 打上方向が海に面している・飛行経路に人口密集地がないこと:人口密集地域が飛行経路上に存在する場合、これを避けて通る必要があるため、燃料が無駄になります。多くの射点が海に面しているのはこのためです。(もちろん政府の方針によっては無視して飛ばすことも可能です)。
- 赤道に近い(あるいは遠い):目標とする到達軌道によって変わりますが、なるべく機体が行う仕事が少ないほうが有利です。
- 風や気候が安定している:常に風が強くてはまともに打ち上げができないばかりか性能にも悪影響があるため、理想的には無風、あるいは常に一定風です。地上だけでなく上空の気流のほうが影響が大きいため簡単にデータが手に入らないのが難しい点です。
- 推進剤貯蔵設備が充実している:機体が使う燃料を保管しやすい場所、燃料が運びやすい場所が有利です。島であっても船が接岸して直接給油できる場合は優良な立地と言えます。
機体
機体の性能は2項目で表されます:
- ΔV [km/s]:(デルタブイ)どれだけ加速できるかを表す指標です。
- ペイロード [kg]:積載量のことです。
機体の性能については第一回でも説明をしているので、是非読んでみてくださいね。
当たり前の話だはありますが、同じ射場で打上を行った場合、より多くの荷物を遠くまで届けられる機体が性能が優秀な機体となります。
輸送網
機体を工場から射場まで運ぶロジスティクスのことです。工場直結が最強ですが、必ずしも生産拠点と打上場が同じ場所が最適とは限らず通常は離れた場所にあります。
道路網が発達していて、トンネルや狭い道路が少ない、陸路での輸送が可能といった特性が揃っているほうが楽に運搬ができ、コストダウンができます。
地上管制設備
ロケットの管制を行う管制室やアンテナ群のことです。近年のロケットは自立誘導方式のため直接地上から操作することはありませんが、データを受信したり、不具合が生じた際には直ちに打上を中止しロケットを落下させる必要があります。
これを“飛行安全”と呼び、ロケットの現在位置を測定するレーダーや緊急停止用の通信アンテナなどから構成されこれらは“地上局”と呼ばれます。打上したロケットはすぐに地平線の向こうへ消えてしまうため、射場だけでは不十分で地球規模でのネットワークが必要です。
日本も南方向へ打ち上げる場合はオーストラリアの地上局を使用しています。
一見地味な設備ですが、非常に大規模かつ初期投資も維持費もかかるため、各国で融通しあってカーシェアのように使っているのが現状です。しかし地上局の支援を必要としない唯一例外があります。それは:
自立飛行安全 (AFTS: Autonomous Flight Terminal System)
です。ロケットが自ら異常を判断し飛行の中断を行うものです。米国ではすでに多くの機種に搭載され、大幅な運用コストダウンに繋がっています。
なんか理屈は分かるけど、危なくない?自動運転車だってまだ信用できないのに、、、
日本人的な感覚だとそうですが、画像認識で動作する車の自動ブレーキのような複雑な装置ではなく、”機体のパラメータがある閾値を超えたら自動的に止める”シンプルな装置で非常に信頼性が高いのが特徴です、電車のATSをイメージしてもらえたらと思います。
そもそも地上から人力で飛行中断を行う場合でも、機体の搭載センサの情報を読み取ったり、受信した信号を元に停止の判断を行うので実際には大差がない、むしろヒューマンエラーの余地がない点ではAFTSのほうが優れているとも言えます。
(結局は華やかな機体でなくこういう軽視されがちな裏方的なところでロケットシステムの競争力が決まっているのが現実です。)
軌道上管制設備
一旦軌道に到達した後の深宇宙通信ネットワークです。低軌道で打上ミッションが終わる場合は必要ありませんが、惑星探査ミッションなどでは不可欠で、NASAのDeep Space Networkなど代表例です。世界各地に分散された地上局を使ったり、衛星を経由して通信をする場合もあります。低軌道用の通信設備との違いは、遠距離のためアンテナが巨大化、高額化する点です。
このようにロケットシステムには機体以外にも大切な要素がたくさんあります。
いくら高性能なトラックを持っていても集配所がたくさんないと、運送業では競争力を発揮できませんよね。
そういう意味では打上を行う上では、広範囲に様々な設備を設置できる国土の広い国が有利です。
これらすべての運用コストや信頼性を踏まえた上で、同じ値段ならより多くのものをより遠くへ運べる”ロケットシステム”が優秀なロケットシステムです。
ロケットシステムのうち性能に大きな影響を与える射場の立地や法整備などは、打上事業者ではどうすることもできません。民間企業としてできるのは運用を最適化することと、性能の良い機体を用意することぐらいです。
射場や地上局で決まるとは言っても、最終的には打ち上げ事業者にとっては機体しかいじれるところがあまりないってことなんだね。だから躍起になって高性能な機体を追求するってことなのかな。
次ページは、“ロケットの機体の性能”についてです。
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