1/3(紹介編): F1とターボ過給エンジンの特徴について紹介します。
2/3半(計算編): 過給オットーサイクルついて計算事例を紹介します。
3/3(解説編): F1エンジンコンポーネントの詳細について解説します。
前回はF1マシンとエンジンシステムの概要について紹介をしました。40年前の1500馬力の1.5Lエンジンと現代の1000馬力の1.6Lエンジン、どうしてここまで差がでるのでしょうか?そしてディーゼルエンジンに匹敵する熱効率はどのようにして達成されるのでしょうか?
計算編2/3ではエンジンシステムの構成の違いとパワーを発生させる仕組み、そしてパワーや燃費差を決める要因について迫って行きたいと思います。
紹介編1/3をまだ読んでいない方はこちらからどうぞ!
- F1のエンジンの燃費がどのように実現されているか知りたい
- エンジンに興味があるけど、物理学的に解説した記事が少なくてもっと知りたい
- 1/3を読んで、2/3解説編を待ちかねていた方 (ありがとうございます!)
- 今回の記事のマニアック度:
ガソリンエンジンは間欠サイクルのため、非定常状態ですべての過程を終了させる必要があり、理論的に性能を予測するのが難しい傾向にあるため多くの経験係数に頼りがちだ。そんなガソリンエンジンでも大体の公称スペックから仕様を推定していくことも可能なので、本日はF1用ターボエンジンを解剖していくぞ。
後半は解説が多めにはなりますが、熱力学の初心者にも理解しやすいように、温度、圧力、仕事という基本単位を使って説明して行きたいと思います。
これを読めば、少しはエンジンが語れるようになります!
*本記事に登場するエンジンの計算結果は、実際のスペックに近い値にはなっていますが、意図的に少し外して紹介しています。また実際のエンジンの諸元や損失を加味していないため、計算で求めると理想的にはこんなイメージ、と考えて頂けたらと思います。(ブレイトンサイクルやランキンサイクルとは異なり、実在ガソリンエンジンはかなり理論値から外れることが多いです。)
熱力学のおさらい
オットーサイクル・サバテサイクルについて
理想熱サイクルと実在熱サイクル
等圧過程であるブレイトンサイクルに対して、ガソリンエンジンの熱サイクルは等容過程であるオットーサイクルです。等容過程は、”入熱が一定の体積の条件下で行われる”ということを意味しますが、実際にはピストンが上死点に来て、点火プラグに通電して燃料に着火し、作動流体に入熱が発生します。
しかも燃焼速度は有限で熱の発生には時間がかかります。つまり実際のガソリンエンジンにおける入熱は、教科書とは違って等容過程ではありません。更には、冷却損失や圧縮漏れによって理論効率よりも低い仕事量しか発揮することができません。
理論オットーサイクルを青線、実際のオットーサイクルを赤線でP-V線図とT-S線図を書いてみました。①~⑤それぞれは下図の各工程に対応します。
学校で習った気がするけどもう全部忘れちゃったよ、、、
Pは圧力、Vは容積です。例えば①→②は圧縮工程に相当しますが、ピストンが上昇すると圧力が上昇し、容積が減少する、というイメージです。
- ①→②:下死点→圧縮行程
- ②→③:上死点→点火
- ③→④:燃焼→膨張
- ④→⑤:排気→掃気
- ⑤→①:吸気→下死点
仕事量は赤線に囲まれた部分の面積になるため、青線よりも仕事量が減少:つまり熱効率が劣ります。斜線の部分は損失になります。またT-S線図では①と⑤が接続されていません。給排気工程では理想的にはエネルギーの授受はゼロですが、実際にはエンタルピーが増加した作動流体を捨てる行為のため、閉じた系として扱えないため点線になっています。
またP-V線図を見ると、①→⑤では線の方向が逆転していて、仕事が奪われていることが分かります。ピストンがポンプのように作用して仕事が失われることから、これをポンピングロスと呼び、過給器を持たないNAエンジンでは損失は大きめになります。このように、教科書的な理想的な熱サイクルではなく、実際のエンジンの熱サイクルのことを実在熱サイクル、実在オットーサイクルと呼んだりします。
エンジンが発生することができる出力は熱効率 x 1 サイクルあたり燃料噴射量 x 回転数になります。従って、回転数が同じならば、熱効率を改善する、もしくは1サイクルあたりの燃料噴射量を増やすことでパワーが増やせます。また、1 サイクルあたりの燃料噴射量が同じでも、回転数を上げればパワーは増やせます。
\( P_2 = P_1 \epsilon^{\kappa} \)
\( T_2 = T_1 \epsilon^{\kappa -1} \)
② 点火
\( p3 = p_2 \alpha \)
\( T_3 = T_2 \alpha \epsilon^{\kappa -1} \)
③ 膨張行程
\( p_4 = p_1 \alpha \)
\( T_4 = T_1 \alpha \)
仕事量
\( W_{th} = m C_v T_(\alpha – 1)(\epsilon^{\kappa-1} -1) \)
熱効率
\( \eta_{th} = 1- \epsilon^{1 – \kappa} \)
\( \epsilon = \frac{V_1}{V_2} \) 圧縮比
\( \alpha = \frac{p_3}{p_2} \) : 圧力比
\( C_v [kJ/kgK] \) 定容比熱
\( C_p [kJ/kgK] \) 定圧比熱
\( \kappa = \frac{c_p}{C_v} \) 比熱比
\( m [kg] \) 1サイクルあたり吸込み空気量
理論サイクル効率と断熱効率
先述した実在サイクル効率では理論効率からどれぐらい離れているか、という観点から効率を定義しています。しかしそもそもサイクル自体の効率で100%というものは存在せず、回収しきれない仕事は排熱として捨てられます。
\( \eta = \eta_{th} \times \eta_{Q} \)
吸熱量
\( Q_{in} = m C_V T_1 \eta_{Q} (\alpha – 1) \epsilon^{\kappa – 1} \)
排熱量
\( Q_{out} = m C_v T_1 \eta_{Q} (\alpha -1) \)
実在サイクル仕事量
\( W = \eta_{Q} \times W_{th} \)
機械においては、理論サイクル効率自体を向上させることも大事ですが、断熱効率のほうがより重視されます。なぜならば理論サイクルから捨てられた排熱は、別の装置で回収が可能なのに対して、断熱効率で失われた仕事は純粋な損失となってしまうためです。排熱を利用した装置の最も良い例がコンバインドサイクル発電で、ガスタービンから捨てられた排熱を利用して蒸気タービンを駆動しています。
出力を左右する要素・BMEPについて
エンジンのトルクやパワーを左右する重要な要素として、平均有効圧力、BMEP:Brake Mean Effective Pressureがというものがあります。一般的にガソリンエンジンでは各過程それぞれで連続的に圧力が変化するため、どの地点を基準とするかによって基準圧力が変わってきます。そのため、点火ストロークで360°(1回転)クランクが回る間の平均圧力を平均有効圧力と呼んでいます。実際の定義は容積比に対する仕事量になります。
\( BMEP = p_1 \frac{(\alpha – 1)(\epsilon^{\kappa – 1} – 1) \epsilon}{(\kappa – 1)(\epsilon – 1)} \)
BMEPの定義から分かる通り、排気量が同じなら、BMEPが高いほどトルクが大きくなります。圧縮比や吸気効率などの影響が大きいた直接的な比較はできませんが、一般的にはブースト圧が高いほどBMEPが高くなりがちです。また連続サイクルと間欠サイクルは通常直接比較はできませんが、BMEPを用いることで燃焼圧力のおおよその比較を行うことも可能です。
静的な変化のみを考えると、容積が最小となる上死点が最も圧力が高いと思われがちだが、実際にはそんなに単純にはいかない。点火は上死点手前で行われ、上死点を過ぎながら燃焼が進行する。つまり、どの地点が最大化はサイクルの詳細を知らないと分からないんだ。
BMEPが高くても、吸気と排気の圧力が両方高ければ圧縮比は変わらず、熱効率はあまり変わりません。しかし現実にはエンジンの吸い込み圧力が1気圧以上の場合は過給器が搭載されています。これを駆動する動力源が排気タービンの場合、見かけ上の圧縮比が大きくなります。前回ターボエンジンはより優秀な燃費が得られるポテンシャルがある、と述べたのはこのためです。
次の項でNAとターボそれぞれのサイクルの事例を観てみましょう。
BMEPの事例
下記は一般的な原動機のBMEPの事例です。サイクルが違うため連続サイクルの機械との直接比較はできませんが、大まかに言うと、エクセルギーあるいは”1m3当たりの仕事を行うポテンシャル”に近いものです。BMEPが高いほどより小型で大出力を発生させることができます。
- 4サイクルNAガソリン:0.7~1.5MPa
- 4サイクルターボガソリン:1.5~2.5MPa
- 4サイクルターボディーゼル:2.0~3.0MPa
- 2サイクルターボディーゼル:2.0MPa前後
- 航空機用ガスタービン:3.0~6.0MPa
- F1用ターボエンジン:6.6MPa
- ドラッグカー用エンジン:10MPa+
- 発電用超超臨界蒸気タービン:35MPa+
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