実在サイクル
実在サイクルの性能
NAエンジンの実在サイクル
NAエンジンのサイクルは非常に単純明快です。前章で” 理想熱サイクルと実在熱サイクル ” で述べたオットーサイクルの通りになり、排気量、圧縮比、燃焼温度から各工程の理論諸元を求めることができます。ただし実在サイクルの効率を左右する要素として下記のような損失も考える必要があります。
- 容積効率:実際の排気量よりも吸い込める空気量は少ないため、85~100%の値になる。トルクには影響するものの、直接熱効率には影響しない。
- 断熱圧縮効率:容積型のため、90%以上
- 冷却効率:発生熱量の15~40%が奪われ、簡易的には有効燃焼温度と圧力から差し引いて計算する
- ポンピングロス:吸気損失。0~5%以下
- フリクションロス:機械的損失で、エンジン単体では5%以下
冷却損失が最も大きい割合を占めます。また、直接定数として効率は示せないのが、理論最大圧力と実際最大圧力の比率です。点火直後の圧力は定容状態を仮定していますが、実際にはピストンは動いているため、かなりの差が生まれます。エンジンによっては最大圧力は図示サイクルの50%以下になることもあり、三次元燃焼場解析か試験で取得する方法が一般的です。
図示サイクル上で失われるエネルギーは排気損失分のみで、その他の損失は各種効率で考える必要がある。一般的な機械で問題視される断熱効率についてはレシプロエンジンは容積型ポンプのため、ほとんど100%理論効率に近いんだ。
しかしガソリンエンジンは冷却損失が非常に大きい特徴がある。本来ガソリン燃料を量論混合比で燃焼させば2600℃を超える断熱火炎温度が得られるが、シリンダ壁やヘッドからの熱流出で実際には数百度低い温度となってしまうから、損失が大きい。近年では燃焼温度を下げて、壁面からの熱流束を減らすことで図示熱効率は低下しても、全体効率は改善するというアプローチが人気なんだ。
アトキンソン・ミラーサイクル
アトキンソンサイクルは圧縮行程と膨張行程で容積比が異なる特殊な機構を備えたエンジンです。これに対して構造が簡素なミラーサイクルとは吸気バルブを遅めに閉じて吸気の一部を圧縮させないことで、意図的に圧縮比を下げます。しかし今度膨張過程では排気バルブは通常のタイミングで開きます。これによって圧縮比よりも膨張比のほうが高い値を得ることができ、より効率的に膨張仕事の回収が可能となります。ターボエンジンでも採用が可能なため、最近ではミラーサイクルを謳わずとも意図的にバルブタイミングをずらして燃費重視のモードやパワー重量のモードを切り替える機種が増えています。
- ①→②:下死点→圧縮行程 (オットーサイクルと同じ、あるいは圧縮比を下げる)
- ②→③:上死点→点火 (オットーサイクルと同じ)
- ③→④:燃焼→膨張 (オットーサイクルよりも高い膨張比)
- ④→①:排気→掃気 (より多くの仕事量を発生)
かなり理想的な形状を描いてはいますが、④→①で圧縮時よりも更に膨張をさせることで、追加の仕事を行うことができるため、熱効率に優れます。
ミラーサイクルの燃費以外の使い方としては、吸気空気密度を減らすことができ、負圧を増やすことができるため吸気温度を下げるという効果が生まれます。これによってノッキング耐性が上がるため、より高い実効圧縮比を追求しやすくなり、効率面では理想的なサイクルと言えます。
(次のトヨタハイブリッドシステムTHSの紹介でアトキンソンサイクルと書かれていますが正確にはミラーサイクルです)
ターボエンジンのサイクル事例
ターボエンジンのサイクル計算ではエンジンの吸気はターボで過給された状態で考えます。また排気にはタービン排圧があるため、実質的には直列二段の圧縮機と排気タービンを備えたシステムとして考えることもできます。P-V/T-S線図で表すと下図のようになります。
- ①→②:第一圧縮行程:ターボでブーストを発生させる工程
- ②→③::インタークーラーで冷却
- ③→④:第二圧縮行程:エンジンの圧縮行程 (NAエンジンの①→②に相当)
- ④→⑤:点火工程 (NAエンジンの②→③に相当)
- ⑤→⑥:第一膨張行程:エンジンの膨張行程 (NAエンジンの③→④に相当)
- ⑥→⑦:第二膨張行程:タービンで排ガスを膨張させる工程
- ⑦→①:初期状態に戻る。⑦の状態はまだ排熱が残っているため、開サイクルになります。
あれ、、、どこかで見たことがあるような。。。?
そう!
実は過給オットーサイクルはインタークーラー付きブレイトンサイクルと見ることもできれば、大気開放を復水器と置き換えるとランキンサイクルにも近づくのですね。一見全く違うサイクルに見えても、吸熱排熱それぞれの過程が定容か定圧かの違いだけで熱力学上はあくまで熱機関の一種なんです。
蛇足になるが”シーケンシャルツインターボ”など、直列ツインターボ構成の場合は、図中のピンク部分、ターボ担当部分が更にもう一つ追加され、三階建て構造のようになるんだ。
ディーゼルエンジン
ディーゼルエンジンの理論サイクル効率はガソリンエンジンより少し優れる程度です。しかし実在サイクル効率はほとんどの場合ディーゼルエンジンが勝ります。この理由は一般的にディーゼルエンジンのうが圧縮比が高く、かつ実在効率が理論効率に近いためです。代表的な高速ディーゼル機関のサバテサイクルを見てみましょう。点線のオットーサイクルに対して、多めに仕事ができることが分かります。また、ピーク圧力が非常に尖った形のオットーサイクルに比べると、少し滑らかでガスが追従しやすいサイクルになっています。
現在は姿を消してしまいましたが、10年ほど前まではル・マンにおいて連戦連勝で最強を誇ったアウディもディーゼルを採用していました。他のレースに先駆けて燃料総量規制が導入されていたル・マンでは、この当時は燃費性能に優れるディーゼルが有利だったのです。レーシングディーゼルの開発がストップしてしまった現代ではF1に抜かれてしまいましたが、当時50%近い熱効率は熱機関としは驚異的なものでした。
ディーゼルエンジン最後の世代となるアウディR18の音です。一般的なレーシングカーのイメージとは異なり、ほとんどタービン音と風切り音しか聞こえません。排気音がしないのは、排気エネルギーの回収効率の高さが成し得る所業で独特の存在感があります。
VWのディーゼルゲート事件により、乗用車からはすっかり消えてしまったディーゼルエンジンだが、優れた燃費性能や耐久性から、未だに発電機やトラック、船舶など乗用車以外の大部分の用途では使用されているんだ。
その一方でNOx対策は年々難しくなっていて、尿素触媒や様々な後処理装置が必要なため高価になりがちなんだ。残念ながら今後もコスト面の問題もあり、乗用車ではもうあまり使われる可能性は低いと思われる。
熱効率の比較:具体例
代表的なエンジンサイクルを紹介したところで、実際のそれぞれのF1エンジンの事例を見てみましょう。それぞれの推定諸元と得られる結果を計算してみました。ここでは図示効率しか見ていないため、実際には冷却損失を始めとした様々な損失があり、更に数割ほど出力を上乗せする必要があります。
定数 (全ケース固定):
初期圧力 P1 | 101 kPa (1気圧) |
初期密度 ρ1 | 1.29 kg/m3 |
初期温度 T1 | 20℃ (標準温度) |
ガス定数 R | 286 kJ/kgK |
比熱比 κ | 1.39 |
3.0L NAエンジン
入力諸元:
充填効率 | 100% |
圧縮比 | 18 |
圧縮効率 | 100% |
定格回転数 | 20,000rpm |
A/F | 13.2 |
断熱火炎温度 | 2600℃ |
オットーサイクルの教科書通りのサイクルです。縦軸は対数目盛にしています。
計算結果:
出力 | 659 kW (896hp) |
トルク | 314Nm |
BMEP | 1.32 MPa |
図示熱効率η | 39.4% |
最大図示燃焼室圧力 P3 max | 17.6MPa |
排気圧力 P4e 全圧 | 355 kPa |
排気温度 T4e | 767℃ |
A/F =13.2と言うとガソリンエンジンとしては相当高いA/Fで、通常であれば11~12程度までしか上げられません。また、図示燃焼室圧力は実際は半分程度と考えられます。諸々の損失を考えると実際には700~800馬力程度と、公表値とも近い値になります。燃費にそれほど気を遣っていないNAエンジンでも、損失は非常に小さく、図示効率の8割程発揮できていそうです。
また、排気圧力は全圧で示していますが圧力効率と冷却損失があるため、200kPa以上はNAでは考えにくい値となります。仮に圧力損失がない場合でも、大部分は動圧と考えることができるでしょう。
NA時代はサウンドはさておき、効率の面では今ひとつ、という計算結果を示したかったのですが、劣悪などころはむしろ一般的な乗用車よりも優れるほどの水準になってしまいました。恐るべしです、、、
ターボエンジン:1.5L時代と現代
項目 | 80年代1.5L | 2020年代1.6L |
---|---|---|
充填効率 | 100% | 100% |
圧縮比 | 7.5 (公表値1) | 13 (推定) |
圧縮効率 | 100% | 100% |
定格回転数 | 13,000 rpm | 11,000 rpm |
A/F | 12.5 | 20.5 |
断熱火炎温度 | 2500℃ | 2300℃ |
ブースト圧 P2c | 575 kPa | 450 kPa |
ターボ効率 | 64% (仮定) | 64% (仮定) |
項目 | 80年代1.5L | 2020年代1.6L |
---|---|---|
出力 | 1087kW (1478hp) | 763kW (1039hp) |
トルク | 798Nm | 663Nm |
BMEP | 6.69MPa | 5.2MPa |
図示熱効率η | 31.2% | 51% |
最大図示燃焼室圧力 P3 max | 40.8MPa | 51.3MPa |
タービン出口圧力全圧 (静圧) | 772kPa (480kPa) | 573kPa (333kPa) |
タービン入口温度 | 1075℃ | 771℃ |
タービン動力 | 320kW | 165kW |
1.5Lの諸元が色々とおかしなことになっていますが、図示熱効率は31%程度と2020年の1.6Lエンジンにかなり劣ることが分かります。またタービン出口圧力772kPaは高すぎるため、エンジン内の圧力損失の加味が必要です。一方でタービン入口温度は1000℃程度、燃焼室圧は30MPaとも記録されているため、大きくは外れていないように思われます。
こうやって見ると、当時のF1は色々な意味で”オカシイ”エンジンだったことがよく分かりますよね。燃費無視と言われても仕方ない、パワーが命だったことを熱効率が物語っています。
一方で2020年の1.6LではA/F=20以上と、現実的には考えにくい諸元設定をしているため、果たして本当にこのような使い方が可能なのかは疑問です。より現実的な諸元にするためにはA/Fを下げるか、圧縮比を下げるか、、しかしそれでは公表されている燃費の達成は難しそうです。
これだけ理想的な仮定をおいても実現困難って、公表値がおかしいのか、それとも何か魔法でも。。。?
過給ミラーサイクルエンジン
先程のターボエンジンサイクルを見ると、2020年1.6Lエンジンはパワーはともかく、熱効率はあまりにも無理のスペックのように思います。果たして公表値はウソなのでしょうか?
それでは、もし2020年エンジンがミラーサイクルエンジンだった場合はどうでしょう。
NA車の場合は吸込み圧力が低下するためパワー低下のデメリットがありますが、ターボでは関係ありません。圧力低下した分過給してやれば済むので好きなだけ吸気量を減らすことができ、飛躍的に熱効率を高めることが可能となります。
項目 | 2020年代1.6L ミラーサイクル |
---|---|
充填効率 | 100% |
圧縮比 / 膨張比 | 11 / 15 |
圧縮効率 | 100% |
定格回転数 | 11,000 rpm |
A/F | 19.1 |
断熱火炎温度 | 2200℃ |
ブースト圧 P2c | 420 kPa |
ターボ効率 | 64% |
図示面積を見ると仕事量が増えていることが分かります。最大図示燃焼室圧力は40MPaに抑えられているにも関わらず、同等以上のパワーを発揮しかつ熱効率にも優れることが分かります。
項目 | 2020年代1.6L ミラーサイクル |
---|---|
出力 | 795kW (1081hp) |
トルク | 690Nm |
BMEP | 5.42MPa |
図示熱効率η | 53% |
最大図示燃焼室圧力 P3 max | 38.9MPa |
タービン出口圧力 | 359kPa |
タービン入口温度 | 682℃ |
タービン動力 | 145kW |
燃焼室圧は公表値の30~35MPaと比べてもかなり近くなり、各種諸元の整合が取れました。なかなかの諸元ですが、作れなくはないようです。近年人気が増しているスーパーリーンバーンは燃焼室温度を下げ、冷却損失を軽減するのが狙いですが、やりすぎた場合は図示熱効率が低下することも分かります。またあまりに希薄な混合比では着火が難しく実現性がありません。
更にはノッキングを抑えるためにはある程度圧縮比を妥協する必要があり、ターボエンジンでこのような水準の圧縮は通常は困難です。しかしF1エンジンはノッキングとも着火性ともほぼ無縁のジェットイグニッション方式を採用しています。F1や一部のレースカーのみが採用するこの点火方式については次回、(3/3)解説編で説明をしたいと思います。
ここでの諸元だけを見ると、あまりに過激なスペックのためこんなのはあり得ない、計算が間違っているに違いない、と感じるかもしれません。しかしそもそもF1のエンジンは構造からして市販車のエンジンとほとんど共通点はなく、様々な方法でこの過激な仕様を実現をしています。具体的にどうやって実現されるか、エンジンの詳細については次回を楽しみにしていてくださいね!
そういえば市販車とあまり技術を共有しないから、という理由でトヨタは撤退してしまったよね。やっぱり同じガソリンエンジンもかなり性質の違うものだって言うことが分かったよ。
燃費性能の指標:BSFC g/kWhについて
よく燃費を評価する指標として、km/lが用いられます。しかし本当にこの単位は正しいのでしょうか?20tの荷物を積載できる4km/lの燃費のトラックと、1tの荷物を積積できる20km/lの乗用車では燃費に優れるのはどちらでしょうか?
“km/L”という単位は似たような重量、積載能力の乗用車同士でのみ通用する単位で、異なる乗り物の燃費を比べるためには全く無意味であることが分かるかと思う。投入エネルギーに対して発揮できた仕事が本当の燃費になるんだ。
従って車両で見た場合は、kWh/kg kmが正しい燃費になります。またエンジン単体で見た場合はkg/kWhです。燃料が同一の場合1kgあたりの発熱量は同じため、1kWhを発生させるために何kgの燃料が必要か?を表す単位になります。これをBrake Specific Fuel Consumption (BSFC) と呼び、単位はkg/kWh、g/kWhです。値が低いほど理想的です。
ガソリンの発熱量はおおよそ44MJ/kg = 12.22kWh/kg のため、熱効率100%のBSFCは81g/kWhになります。一般的なエンジンの数値は大体下の表のような値になります。
エンジン | BSFC | 換算熱効率 |
---|---|---|
自動車用ガソリンエンジン | 210~250 g/kWh | 32~38% |
自動車用ディーゼルエンジン | 170~210 g/kWh | 38~48% |
舶用大型ディーゼルエンジン | 145~180 g/kWh | 45~54% |
小型ターボシャフトエンジン | 250g/kWh | 23~32% |
SOFC型燃料電池 | 100g/kWh | 80% |
コンバインサイクル総合効率 | 120 g/kWh | 67% |
マイクロガスタービン | 350~500g/kWh | 16~23% |
F1用ガソリンエンジン | 160 g/kWh | 50% |
1/3 紹介編にも書いてあったけど、ガソリンエンジンで熱効率50%がいかに驚異的な値か、このように見比べると改めて感じるなぁ
燃費エンジンとパワーエンジン
ハイブリッドパワートレインシステム
ハイブリッドシステム搭載のメリット
現代のF1のエンジンの熱効率は50%以上、、、ただしここで考えるべきことは、あくまで”エンジン単体での燃費、熱効率”です。仮に常に全負荷運転をする場合、回生をする機会がないため、ハイブリッドであろうとなかろうと燃費は変わりません。
レーシングカーは激しい加減速を繰り返すため、実は非常にハイブリッドシステムとの相性に優れています。ハイブリットの効果を最大限活用しているのがWEC/ル・マンですが、F1でも一周当たり4MJのエネルギー回収が許可されており、バッテリー容量に換算すると1.1kWhほどです。MGU-K及びMGU-Hにフルパワーを分配すると20秒足らずでバッテリーが枯渇してしまうため、容量は非常に小さいと思われがちですが、実はプリウスなどの一般的なハイブリッド車程度のバッテリー容量を持っています。
MGU-Kは120kWの出力が得られるため加速やオーバーテイクの際には多用され、燃費改善にもよく寄与します。1周あたりのタイムはコースによってマチマチですが、1~2分程度のため、その内10~20sの間120kWものパワーを追加できるのはタイム上大きなメリットになります。
性能差
4MJのハイブリッドシステムを搭載する場合と搭載しない場合どれぐらい動力性能に差がでるのか、見てみましょう。仮に下記のような条件で、毎週MGU-Kのアシストが得られると仮定します。また、実際にはハイブリッドシステム搭載で車体重量は増えますが、レギュレーションで最低車重も決められています。重量増の影響も見てみましょう
諸元 | ハイブリッドなし | ハイブリッド 重量増加ナシ | ハイブリッド + 50k重量増 |
---|---|---|---|
車体重量 | 700kg | 700kg | 750 kg |
ICE出力 | 735kW | 735kW | 735kW |
MGU-K出力 | 0 | 120kW | 120kW |
MGU-K使用可能時間 | 0 | 20s | 20s |
実際にはブレーキ中やコーナリング中はエンジンはほとんど出力を発生させていません。また、最高出力回転数に達するまでに時間を要するため、実際のレース中の平均出力は最高出力よりも低くなります。仮にレースを1時間30分と仮定した場合、燃料流量からエンジンの平均出力を算出すると下記のようになります:
搭載燃料:\( 110L \times 0.76kg/L = 84kg \)
平均燃料流量: \( 84kg \div 90 \div 60=0.0156kg/s \)
平均出力: 燃料流量/BSFC: \( 15.6 g/s \div 160 g/kWh \times 3600 = 351kW \)
どうでしょうか。735kWもあると思っていたエンジンは、実はレース中には半分しか仕事をしていません。BSFCは最適効率点のデータなので、実際の平均出力はもう少し小さいと考えても良いと思います。
考えてみれば加速した分減速するんだから、おかしくはないよね、、、そもそもずっと全開ってわけでもないし
さて、ここでの前提を元にパワーウェイトレシオにどれぐらい影響があるか見てみましょう。
諸元 | ハイブリッドなし | ハイブリッド 重量増加ナシ | ハイブリッド + 50k重量増 |
---|---|---|---|
レース時間 | 90分 | 90分 | 90分 |
1周あたりタイム | 1分30秒 | 1分30秒 | 1分30秒 |
ICE平均出力 | 351kW | 351kW | 351kW |
MGU-K平均出力 | 26.7kW | 26.7kW | 26.7kW |
MGU-K付き平均出力 | 351kW | 378kW | 378kW |
平均パワーウェイトレシオ | 0.5kW/kg | 0.54kW/kg | 0.51kW/kg |
合計出力 | 735kW | 855kW | 735kW |
実質BSFC改善 | 0 | 7.6% | 7.6% |
最大加速度 | 2.57g | 2.98g | 2.79g |
重量増無しの場合は10%近いパワーウェイトレシオの改善が見られました。また、現実的な重量増を考えてもパワーウェイトレシオへの影響はありません。また平均ではなく、瞬間最大出力で見ると、8.5%も加速力が向上しています。そして燃費は実質的にはほとんど性能ペナルティなしで7%もの燃費改善が可能であることがわかりました。ハイブリッドの優位性は明白なようです。ただ、期待していたほどではない、、、と感じる方もいるかもしれません。
実際のサーキットのタイムは平均パワーウェイトレシオではなく、コーナー脱出の瞬間加速やトップスピードに到達するまでの時間が大きく影響するため、平均値だけでポテンシャルを図ることはできません。しかしMGU-Kだけでの性能向上では現代のF1が達成しているタイムはスピードは難しいものがあります。
動力性能が高くなっても、重くなったら結局意味がない、という主張もあるとは思いますが現代のPUの重量は最大でも150kg未満、エンジン単体では90kg前後なので、ギアボックスその他諸々を考慮するとハイブリッドシステムの重量はせいぜい数十kg。パワー増ほどの軽量化にはなりません。
ただしこれはバッテリーが加速時にエンジンを助けるための必要最低限の分しか搭載されていない場合です。ここでの感度解析からも分かる通り、2周以上分のバッテリー容量を確保した場合はむしろ効率が悪化してしまう結果となります。
ハイブリッドシステムとターボエンジンの真価
減速時に回収したエネルギーはバッテリーで回収できますが、この電力を駆動輪に直接伝えるMGU-Kと異なるターボチャージャーにアシストすることで、ターボラグを消し去ることができるのがMGU-Hです。
一瞬にしてブーストを得ることができると共に、直接駆動動力を車輪に伝えるよりもより遥かに大きなパワーを発生させることができます。MGU-Hの秘密はここにあります。せいぜい元々がシステム出力が1MW近くある総合出力に対して120kWのアシストでは1割り程度の差にはなりません。しかし100kW~200kWの出力のターボチャージャーに数十kWのアシストをすることで、直接吸い込み空気量を増やすことができ、飛躍的にパワーを上げることができます。さらにはコンプレッサ動力が必要しない時にはMGU-Hを発電機として使うことでタービン動力を回収することができます。
パワーを得るためにMGU-Hに電力を回すか、燃費を改善するためにMGU-Kへ電力を回すか。このエネルギーマネジメントが近年のF1のレースストラテジーかなり重要な部分となっていて、小規模なチームの勝利を難しくしている一員とも言われています。
MGU-Kに相当する走行モーターとICEの協調制御だけでも難しいと言われてるのに、そこに更にMGU-Hなんて加わると、考えただけでも開発するのは悪夢のようだ、、、
そもそもMGU-Hの機構はF1を除くとごく一部のスーパーカーにしか使用されていないもので、非常に軽量な装置で巨大なパワーを得ることができるんだ。ターボ時代の動力はエンジン本体の1/5程度しかないので、同じ電力を使うとしても120kWあればターボ動力を2倍近くにすることだって可能だ。
しかしMGU-Hは非常に複雑で開発費もかかるためF1のコスト増加要因No.1とも言われており、残念ながら2026年から廃止が決まってしまったんだ。
2014年当時に公開された試作品の外観です(現在は少し方式が変わっています)。見た目はターボを分割して間にモーターを入れたような比較的簡素な構造のものですが、14万rpmで回転し、100~200kWの動力を発生させることを考えると開発の難易度を伺うことができます。
この手の電動アシストコンプレッサーは”電動ターボ”などど称され幅広い運転レンジや瞬間的なパワー発生能力が注目され、近年船舶や航空業界で開発が活発化してきています。もしかすると再び自動車への採用もされるかもしれませんね。
ターボシャフトエンジンや排気ガス回収タービンについては下の記事でも書いているので、是非とも読んでみてくださいね。
本日も読んで頂きありがとうございました!過給エンジンとF1のエンジンが作動する環境、ガソリンエンジンの性能計算の方法についていかがでしたか?
ただただ”ハイブーストだから、高回転型だから”パワーが出るのではなく、まずはサイクルをしっかりと検討して、燃費とパワーの両立を図るにはどのような諸元がベストかを考えることが大切です。これの究極系としてF1のエンジンを紹介しました。楽しんでもらえたなら嬉しいです。
次回最終回はもう少しコンポーネントに着目した解説記事にしたいと思っているので、楽しみにしていてください。それではまた次回お会いしましょう!
追記
記事を書いた後にレッドブルホンダが優勝、新規レギュレーション適用となったことで様々なスペックが公開されました!後日、圧縮比はレギュレーションぎりぎりの18に達していることが明らかとなってきたため、恐らくこの記事で推定しているよりも更にアグレッシブなスペックとなっていることが予想されます。既に一部情報が陳腐化してしまっていて申し訳ありませんが、新レギュレーションが出た際には再び新しい記事に着手していけたらなと思っています!
第三回:エンジン詳細はこちらから!
参考・クレジット
https://daydaynews.cc/en/car/960712.html
http://mccabism.blogspot.com/2015/09/bmws-f1-rocket-fuel-and-aromatic.html
https://www.f1technical.net/f1db/cars/897/toyota-tf106
https://car.motor-fan.jp/tech/10015879
[…] 【内燃機関】究極の省燃費エンジン:F1用ターボエンジン計算編 (2/3)F1のエンジンの燃費とパワーを成立させるために必要な諸元について、計算を行いスペックの推定を行います。… (ad […]
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読みづらい部分があり申し訳ございません!対応したいと思うので、閲覧環境と問題が起きている画像名を教えて頂けないでしょうか? (PC、ipad、スマホで確認してみましたが、再現できませんでした)
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